・・・の人々は、年に一度、月のない闇夜を選んで祭礼をする。その祭の様子は、彼ら以外の普通の人には全く見えない。稀れに見て来た人があっても、なぜか口をつぐんで話をしない。彼らは特殊の魔力を有し、所因の解らぬ莫大の財産を隠している。等々。 こうし・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・不思議にも、その小さい物が、この闇夜に漏れて来る一切の光明を、ことごとく吸収して、またことごとく反射するようである。 爺いさんは云った。「なんだか知っているかい。これは青金剛石と云う物だ。世界に二つと無い物で、もう盗まれてから大ぶの年が・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・身一家の不始末はしばらくさしおき、これを公に論じても、税の収納、取引についての公事訴訟、物産の取調べ、商売工業の盛衰等を検査して、その有様を知らんとするにも、人民の間に帳合法のたしかなる者あらざれば、暗夜に物を探るが如くにして、これに寄つく・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ 山椒の皮を春の午の日の暗夜に剥いて土用を二回かけて乾かしうすでよくつく、その目方一貫匁を天気のいい日にもみじの木を焼いてこしらえた木灰七百匁とまぜる、それを袋に入れて水の中へ手でもみ出すことです。 そうすると、魚はみんな毒をのんで・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・雨上りの闇夜を、車輌のとどろきとともに運ばれてゆく喚声も次第に遠のいて、ついには全く聴えなくなってしまった。胸のどこかが引きはがされるような感じが苦しくしめつけるのであった。 私たちの周囲に見る女の生活、あるいは女が社会から求められてい・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・「まんじ」の場合よりも、もっと文学の圏内におこったことの感じであった。「暗夜行路」をくりかえしよんだ私たちの年代のものは、千円の本をつくる作家志賀直哉に対し、もし事実であるならば暗然とした心もちがある。闇の紙で出した部数が多ければ多いほど、・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・尾の道と云えば「暗夜行路」できき知った町の名である。町を見る間もなく船にのりこみ、多度津につくやいなやバスにつみこまれ、琴平の大鳥居の下へついたときには、かなりの雨になった。 番傘を、下から煽る風にふき上げられまいと母の上にかざして何百・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・と長大息する必要があるであろう。暗夜、迷子になった息子を探しに出て歩きながら、「ふと自分も今自分の子供と同じような目にあっているのではないかと思われ」そのような有様に現代インテリゲンツィアの苦痛の姿を見る必然があるであろう。 現代の知識・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・蝙蝠が夕暮とぶのを見る面白さも、闇夜の道に梟の鳴くのを聞く満足も、皆彼等が詩の世界に現れるものだからだ、と。 私は自らギッシングの心を二様に考えさせられた。 一方の考。――彼は本当に純な尊い文学愛好者であった。自分が文学者として如何・・・ 宮本百合子 「無題(四)」
・・・咫尺を解かぬ暗夜にこれこそとすがりしこの綱のかく弱き者とは知らなかった。危うしと悟る瞬間救いを叫ぶは自然である。彼らを危うしと見ながら悠々とエジプトの葉巻咽草を吹かすは逆自然である、悪逆である、さらに無道の極みである。「絶望」に面して立・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫