・・・しかし今うっかりそんな気ぶりが、婆さんの眼にでも止まったが最後、この恐しい魔法使いの家から、逃げ出そうという計略は、すぐに見破られてしまうでしょう。ですから妙子は一生懸命に、震える両手を組み合せながら、かねてたくんで置いた通り、アグニの神が・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 最後の白兵戦になったと彼は思った。 もう夕食時はとうに過ぎ去っていたが、父は例の一徹からそんなことは全く眼中になかった。彼はかくばかり迫り合った空気をなごやかにするためにも、しばらくの休戦は都合のいいことだと思ったので、「もう・・・ 有島武郎 「親子」
・・・そして最後の一瞥を例の眠たげな、鼠色の娘の目にくれて置いて、灰色の朝霧の立ち籠めている、湿った停車場の敷石の上に降りた。 * * *「もう五分で六時だ。さあ、時間だ。」検事はこ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・はすでに五年の間間断なき論争を続けられてきたにかかわらず、今日なおその最も一般的なる定義をさえ与えられずにいるのみならず、事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 毎夜、弁天橋へ最後の船を着けると、後へ引返してかの石碑の前を漕いで、蓬莱橋まで行ってその岸の松の木に纜っておいて上るのが例で、風雨の烈しい晩、休む時はさし措き、年月夜ごとにきっとである。 且つ仕舞船を漕ぎ戻すに当っては名代の信者、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・それにそんな考えを起こすのは、いよいよいけないという最後のときの覚悟です。今おうちではああしてご無事で、そうして河村さんもちゃんとしているのに、女としてあなたから先にそんな料簡を起こすのはもってのほかのことですぞ」 予はなお懇切に浅はか・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・目的はピー砲台じゃ、その他の命令は出さんから、この川を出るが最後、個々の行動を取って進めという命令が、敵に悟られん様に、聨隊長からひそかに、口渡しで、僕等に伝えられ、僕等は今更電気に打たれた様に顫たんやが、その日の午後七時頃、いざと一同川を・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・天龍まで来ると川留で、半分落ちた橋の上で座禅をしたのが椿岳の最後の奇の吐きじまいであった。 臨終は明治二十二年九月二十一日であった。牛島の梵雲庵に病んでいよいよ最後の息を引取ろうとするや、呵々大笑して口吟んで曰く、「今まではさまざまの事・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・エルサレムと世界の最後。終末に関する大説教である、二十一章七節より三十六節まで。 勿論以上を以て尽きない、全福音書を通じて直接間接に来世を語る言葉は到る所に看出さる、而して是は単に非猶太的なる路加伝に就て言うたに過ぎない、新約聖・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・そうして見ると、女房の持っていた拳銃の最後の一弾が気まぐれに相手の体に中ろうと思って、とうとうその強情を張り通したものと見える。 女房は是非このまま抑留して置いて貰いたいと請求した。役場では、その決闘というものが正当な決闘であったなら、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
出典:青空文庫