・・・なく私は、さきに書いたような、金銭に関するあの人の悪い癖を聞いたので、直ぐあの人に以後絶対に他人には金を貸しませんと誓わせ、なお、毎日二回ずつあの人の財布のなかに入れてやるほかは、余分な金を持たせず、月給日には私が社の会計へ行って貰った。毎・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ 三円借せ、五円借せ、母はそろそろ自分を攻め初めた。自分は出来るだけその望に応じて、苦しい中を何とか工夫して出してやった。 月給十五円。それで親子三人が食ってゆくのである。なんで余裕があろう。小学校の教員はすべからく焼塩か何にかで三・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 五 二十八の夏でございました、そのころはやや運が向いて参りまして、鉄道局の雇いとなり月給十八円貰っていましたが女には懲りていますから女房も持たず、婆さんも雇わず、一人で六畳と三畳の長屋を借りまして自炊しながら局に通・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「遊んどって月給が貰えるんだから、そんなべら棒な仕事はないだろう。」 スパイは苦笑した。「よいしょ。」「よい来た。」「よいしょ。」「よい来た。」 薪は、積重ねられて、だん/\に家ほどの高さになってきた。五月の太陽はう・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・そしてその高慢税は所得税などと違って、政府へ納められて盗賊役人だかも知れない役人の月給などになるのではなく、直に骨董屋さんへ廻って世間に流通するのであるから、手取早く世間の融通を助けて、いくらか景気をよくしているのである。野暮でない、洒落切・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「とうさん、月給は?」 この「月給」が私を笑わせた。毎月、私は三人の子供に「月給」を払うことにしていた。月の初めと半ばとの二度に分けて、半月に一円ずつの小遣を渡すのを私の家ではそう呼んでいた。「今月はまだ出さなかったかねえ。」・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ ここへ来て比佐は初めて月給らしい月給にもありついた。東京から持って来た柳行李には碌な着物一枚入っていない。その中には洗い晒した飛白の単衣だの、中古で買求めて来た袴などがある。それでも母が旅の仕度だと言って、根気に洗濯したり、縫い返した・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・学資がなく学校も止めさせられ、ぼくは義兄の世話で月給十八円で或る写真工場につとめに出ました。母と共に二間の長屋に住んで。――ぼくは直ちに職場に組織を作り、キャップとなり、仕事を終えると、街で上の線と逢い、きっ茶店で、顔をこわばらせて、秘密書・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・「お前さんの月給はいくらなの? 自分ひとりでも食べて行けないくせに。部屋代がいまどれくらいか、知ってるのかい。」「そりゃ、女のひとにも、いくらか助けてもらって、……」「鏡を見たことがある? 女にみつがせる顔かね。」「そうか。・・・ 太宰治 「犯人」
・・・日本へ来ている外国人には珍しい下等な暮しをしていたが、しかし月給はかなり沢山に取っているという噂であった。日本へ来ているのは金をこしらえるためだから、なんでも出来るだけ倹約するのですと彼自身人に話したそうである。 黒田の居た二階の縁側に・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫