・・・あのいつもの銀行員が来て月謝を取扱う小さな窓のほうでも、上原君や岩佐君やその他の卒業生諸君が、執筆の労をとってくださった。そうしてこっちも、かれこれ同じ時刻に窓を閉じた。僕たちの帰った時には、あたりがもう薄暗かった。二階の窓からは、淡い火影・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・それに又月謝やその他の費用がとても民衆には払われるものでない。要するに金持の子弟の遊び場所にすぎないのである。――それに又其等の学校を出れば一定の職業を与えらるゝのが――在来の習慣若しくは形式になっている。此の如き大学の組織である以上、吾々・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・小田は、その答えに困ったらしく、しばらく、うつ向いてだまっていましたが、やっと顔を上げると、「僕の月謝や……また、どこかへ帽子をなくしたときには、お母さんは、自分の着物を売って、買ってくださいました。」と、答えました。 この言葉は、・・・ 小川未明 「笑わなかった少年」
・・・界隈の娘に安い月謝で三味線を教えてくらしていたがきこえて来るのは、年中、「高い山から谷底見れば」ばかり、つまりは、弟子が永続きしないのだった。それというのも、新しい弟子が来ると、誰彼の見境いもなしに灸をすえてやろうと、執拗く持ちかけるからで・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・柳吉は近くの下寺町の竹本組昇に月謝五円で弟子入りし二ツ井戸の天牛書店で稽古本の古いのを漁って、毎日ぶらりと出掛けた。商売に身をいれるといっても、客が来なければ仕様がないといった顔で、店番をするときも稽古本をひらいて、ぼそぼそうなる、その声が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 左様いう塾に就いて教を乞うのは、誰か紹介者が有ればそれで宜しいので、其の頃でも英学や数学の方の私塾はやや営業的で、規則書が有り、月謝束修の制度も整然と立って居たのですが、漢学の方などはまだ古風なもので、塾規が無いのではありませんが至っ・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・何だって月謝を出さなければ物事はおぼえられない。贋物贋筆を買うのは月謝を出すのだから、少しも不当の事ではない。さて月謝を沢山出した挙句に、いよいよ真物真筆を大金で買う。嬉しいに違いない、自慢をしてもよいに違いない。嬉しがる、自慢をする。その・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 握り飯と柿の種の交換といったような事がらでも毎日われわれの行なっていることである。月謝を払って学校へ行くのでも、保険にはいるのでもそうである。お寺へ金を納めて後生を願うのでもそうであり、泥棒の親分が子分を遊ばせて食わせているのでもそう・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・一段下りて、本式の学問執行は手に及ばぬことなれども、月に一、二十銭の月謝を出すか、または無月謝なれば、子供の教育を頼むという者、また幾十万の数あるべし。 それより以下幾百万の貧民は、たとい無月謝にても、あるいはまた学校より少々ずつの筆紙・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・婦人労働者が平等の賃銀と母性保護を求め、女子学生が文部省のひどい月謝値上げに反対していて、男子学生とともに、働きながら学べる大学を求めていることは、この新帰朝者に知られていません。日本のわたしたちは、憲法の抽象的な人権擁護の文句を、実質のあ・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
出典:青空文庫