・・・とき理屈の歌は「月を見る」というような尋常の句法を用いて結ぶ方よろし。「見るは月影」と有形物をもって結びたるはなかなかに賤しく厭わし。煙あないぶせ銚子かけてたく藁のもゆとはなしに煙のみたつ「あないぶせ」とかように・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ゆえに無形の語少く有形の語多し。簡勁の語多く冗漫の語少し。しかるに彼に一つの癖ありてある形容詞に限り長きを厭わず、しばしばこれを句尾に置く。つゝじ咲て石うつしたる嬉しさよ更衣八瀬の里人ゆかしさよ顔白き子のうれしさよ枕蚊帳・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・して見れば西洋の公徳というのも有形的であって精神的ではない…………ヤ大勢来やがった。誰かと思えばやはりきのうの連中だ。アア深切なものだ。皆くたびれて居るだろうけれどそれにも構わず墓の検分に来てくれたのだ。実に有り難い。諸君。諸君には見えない・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ もしイタリーの映画監督が諸事情を無視して本当に現実のリビヤの生活、そこで有形無形にもみ合っている白い皮膚と黒い皮膚との利害の対立とを描いたならば、沢山のごまかしとロマンティシズムから脱出した脱出映画が作られたであろう。 しかし、そ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・従って、子供たちが、有形無形に父から与えられているものは、深く、しっかり根を張っているであろう。女の子の心持にすれば、結婚をするにも父鴎外を自分に近い程度で敬愛するひと、少くとも熱中している自分の感情を傷けるようなものを持たぬひととの結合が・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・ 人間の日常生活が、男といい、女という性の異いに有形無形、どれほどの影響を受けているか、やかましい理窟も云わず、手を一つ上にあげても判ることと思う。小鳥の世界にもその異いは随分あるらしい。 曾て何かの時に買った雛子の玩具があった。い・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・ 私は明かに私共の仲間である多くの若き女性が、少くとも次の時代に於て、何等か有形の発展を遂げ得る動機を各自の裡に包含して居る事丈は肯定致します。 然し、自意識の欠乏は、同じ女性である者にも尚一種の歯痒さを与える事も否めません。自意識・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 有形無形の集団力によって働いて来た生活が、孤立させられたとき、その心理は複雑で、多く自分というものの再発見、再確認が行われる。その再発見、再確認の過程で、その人の運命と階級の運命のために、どのように望ましい力として自己を再発見するか、・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・そう思う私の心は、やはり有形無形の枠やとりまきにかこまれたままで示されている祖父への親愛をそぐのであった。 ずっとそういう心持が流れていたところこの間或る機会に、明治初年の年表を見ていたらその中に『明六雑誌』というものがあり、福沢諭吉、・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ 情勢との関係によって様々な形をとりながらも、大衆の進歩的な部分が大衆としての有形、無形の発言の力であると見るのが誤りでない以上、大衆の新たな一部となって来ている知識人的要素が、やはり大衆の声をもつ筈である。ところが、非常に微妙な時代的・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
出典:青空文庫