・・・ 西は入り江の口、水狭くして深く、陸迫りて高く、ここを港にいかりをおろす船は数こそ少ないが形は大きく大概は西洋形の帆前船で、その積み荷はこの浜でできる食塩、そのほか土地の者で朝鮮貿易に従事する者の持ち船も少なからず、内海を行き来する和船・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・通訳が、何か、朝鮮語で云って、手を動かした。腰掛に坐れと云っていることが傍にいる彼に分った。だが鮮人は、飴のように、上半身をねち/\動かして、坐ろうとしなかった。「坐れ、なんでもないんだ。」 老人は、圧えつけられた、苦るしげな声で何・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 支那人、朝鮮人たち、労働者が、サヴエート同盟の土を踏むことをなつかしがりながら、大きな露西亜式の防寒靴をはいて街の倶楽部へ押しかけて行った。 十一月七日、一月二十一日には、労働者たちは、河を渡ってやって行く。三月八日には女たちがや・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・京都出来のものを朝鮮へ埋めて置いて、掘出させた顔で、チャンと釣るなぞというケレン商売も始まるのである。もし真に掘出しをする者があれば、それは無頼溌皮の徒でなければならぬ。またその掘出物を安く買って高く売り、その間に利を得る者があれば、それは・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。 夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・として、朝鮮文字のような字体で、「オン、ア、ラ、ハ、シャ、ナウ」と書かれている。「オン、ア、ラ、ハ………………。」 俺は二三度その文句を口の中で繰りかえしている。 却々スラ/\と云えない。然しそれを繰りかえしているうちに、俺は久・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・厳父は朝鮮の、某大学の教授である。ハイカラな家庭のようである。大隅君は独り息子であるから、ずいぶん可愛がられて、十年ほど前にお母さんが死んで、それからは厳父は、何事も大隅君の気のままにさせていた様子で、謂わば、おっとりと育てられて来た人であ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・会社に入って一月半、君は肉体が良いから、朝鮮か満洲に行って貰いたいと頼まれました。母や兄と一緒の窮屈なる生活に嫌気がさし、また新しい生活もしたさに、ぼくは朝鮮に来ました。満洲より朝鮮が小説になる気もしたのですが、これは会社員になったのと同様・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・千島の分だけはいろいろの困難があるので除き、また台湾、朝鮮も除く事とする。 さて Aso, Usu, Uns(z)en, Esan の四つを取ってみる。これはいずれも母音で始まり、次に子音で始まる綴音が来る。終わりのnは問題外とする。・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・蒙古語の夏は jn である。朝鮮語の「ナツ」は昼である。しかし朝鮮語で夏を意味する言葉は「ヨールム」で熱がヨールである。yをjに、語尾のrをtにするとシナの現代音になる。ハンガリーの夏は nyr。コクネー英語で hot は ot であるがこ・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
出典:青空文庫