・・・……この木製の蛇が、僕の手練に依って、不可思議なる種々の運動を起すです。急がない人は立って見て行きたまえよ、奇々妙々感心というのだから。 だが、諸君、だがね、僕は手品師では無いのだよ。蛇使いではないのですが、こんな処じゃ、誰も衛生という・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 彼のいた所からは見えなかったが、その仕掛ははね釣瓶になっているらしく、汲みあげられて来る水は大きい木製の釣瓶桶に溢れ、樹々の緑が瑞みずしく映っている。盥の方の女の人が待つふりをすると、釣瓶の方の女の人は水をあけた。盥の水が躍り出して水・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 自動車は、また、八寸置きに布片の目じるしをくゝりつけた田植縄の代りに木製の新案特許の枠を持って来た。撥ね釣瓶はポンプになった。浮塵子がわくと白熱燈が使われた。石油を撒き、石油ランプをともし、子供が脛まで、くさった水苔くさい田の中へ脚を・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・日記を物し始めたが、天保八年、二十六歳になってからは、平仮名いろは四十八文字、ほかに数字一より十まで、日、月、同、御、候の常用漢字、変体仮名、濁点、句読点など三十個ばかり、合わせても百字に足りぬものを木製活字にして作らせ、之を縦八寸五分、横・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・おもしろいのは、このローラーが全部木製で、その要部となる二つの円筒が直径一センチメートル半ぐらいであったかと思うが、それが片方の端で互いにかみ合って反対に回るようにそこに螺旋溝が深く掘り込まれていた。昔の木工がよくもこうした螺旋を切ったもの・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・これに反して木製の柄で割り竹を無理にしめつけたのは、なんとなく手ごたえが片意地で、柄の付け根で首がちぎれやすい。 そんな理屈はどうでもよいとして、こうまでも「流行」という、えたいの知れぬ人工的非科学的な因子が、送風器械としては本来科学的・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・宅の洗面台はきわめて粗末な普通のいわゆる流しになっていて、木製の箱の上に亜鉛板を張ったものであるが、それが凹凸があって下の板としっくり密着していないために、洗面鉢の水が動揺するにつれて鉢自身がやはり少しの傾斜振動をする。しかるに鉢の底面から・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
・・・その白い岩になった処の入口に、〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 全く、日本の秋に紅葉した山々は、細かく細かく小庭のように区切った田の上で、細かい木製道具をつかってすべてを二本の手の働きだけで稲の収穫をしつつある日本の農夫の姿は、ヨーロッパの眼にどんなにか異国的であろう! 米価惨落・生糸惨落・造・・・ 宮本百合子 「ニッポン三週間」
・・・ 其等の感謝から起った、何か上げたいな、という心持は、今日自分にこまこました玩具だの、袋だのを買わせた。 木製のカヌーだの、絵だのの中に一つ小さい可愛い、インディアンシューズがある。 此は全く小さくて、可愛い。白皮に此も雪白のう・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫