・・・……視むれば、幼い時のその光景を目前に見るようでもあるし、また夢らしくもあれば、前世が兎であった時、木賊の中から、ひょいと覗いた景色かも分らぬ。待て、希くは兎でありたい。二股坂の狸は恐れる。 いや、こうも、他愛のない事を考えるのも、思出・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・どこかが少しきつく当たって痛むような場合に、その場所を捜し見つけ出してそこを木賊でちょっとこするとそれだけでもう痛みを感じなくなる。それについて思い出すのは次の実話である。スクラインの「シナ領中央アジア」という本の中にある。 東トルキス・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・顔を洗いながら裏庭を見ると、昨日植木屋の声のしたあたりに、小さい公札が、蒼い木賊の一株と並んで立っている。高さは木賊よりもずっと低い。庭下駄を穿いて、日影の霜を踏み砕いて、近づいて見ると、公札の表には、この土手登るべからずとあった。筆子の手・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・ 庭にはよろよろとした松が四、五本あって下に木賊が植えてある。塵一つ落ちて居ない。 夕飯もてなされて後、燈下の談柄は歌の事で持ちきった。四つの額は互に向きおうて居る。 段々発熱の気味を覚えるから、蒲団の上に横たわりながら『日本』・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・松が四、五本よろよろとして一面に木賊が植えてある、爰処だ爰処だ、イヤ主人が茶をたてているヨ、お目出とう、聞こやしないや。ここは山北だ。おいおい鮎の鮓はないか。そうか。鮎の鮓は冬はないわけだナ。この辺を通るのは、どうもいい心持だ。ここが興津か・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・客間の庭には松や梅、美しい馬酔木、榧、木賊など茂って、飛石のところには羊歯が生えていた。子供の遊ぶ部屋の前には大きい半分埋まった石、その石をかくすように穂を出した薄、よく鉄砲虫退治に泥をこねたような薬をつけられていた沢山の楓、幾本もの椿、ま・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・庭に生えている木賊の恰好や色と云い、少しこわいような、秘密なような感情を起させる。積んである座布団に背を靠せて坐り、魔法の占いでもするように、私は例の百銭をとり出す。それを一つずつ、薄すり塵の沈んだ畳の上に並べたり、ぐるりと畳の敷き合わせに・・・ 宮本百合子 「百銭」
出典:青空文庫