・・・ 今朝は麗かに晴れて、この分なら上野の彼岸桜も、うっかり咲きそうなという、午頃から、急に吹出して、随分風立ったのが未だに止まぬ。午後の四時頃。 今しがた一時、大路が霞に包まれたようになって、洋傘はびしょびしょする……番傘には雫もしな・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・てくる積りで出掛けた、おらア元から朝起きが好きだ、夏でも冬でも天気のえい時、朝っぱらの心持ったらそらアえいもんだからなア、年をとってからは冬の朝は寒くて億劫になったけど、其外ん時には朝早く起きるのが、未だにおれは楽しみさ。 それで其朝は・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・其夜は無論お松と一緒に寝た、お松が何か話をして聞かせた事を、其話は覚えて居ないが、面白かった心持だけは未だに忘れない。お松は翌朝自分の眠ってる内に帰ったらしかった。 其後自分は両親の寝話に「児供の余り大きくなるまで守りを置くのは良くない・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・私は何となく選挙の終った日、落選者の選挙演説会の立看板が未だに取り除かれずに立っている、あの皮肉な光景を想いだした。 標語の好きな政府は、二三日すると「一億総懺悔」という標語を、発表した。たしかに国民の誰もが、懺悔すべきにはちがいない。・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・東条英機のような人間が天皇を脅迫するくらいの権力を持ったり、人民を苦しめるだけの効果しかない下手糞な金融非常処置をするような政府が未だに存在していたり、近年はかえすがえすも取り返しのつかぬような痛憤やる方ないことのみが多いが武田さんの死もま・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・ 来年はもう三十八だというのに、未だに私には、このように全然駄目なところがある。しかし、一生、これ式で押し通したら、また一奇観ではあるまいか、など馬鹿な事を考えながら郵便局に出かけた。「旦那。」 れいの爺さんが来ている。 私・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・ただ、私が四十ちかくに成っても未だに無名の下手な作家だ、と申し上げても、それは決して私の卑屈な、ひがみからでも無し、不遇を誇称して世の中の有名な人たちに陰険ないやがらせを行うというような、めめしい復讐心から申し上げているのでもないので、本当・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・雨はあがり、雲は矢のように疾駆し、ところどころ雲の切れま、洗われて薄い水いろの蒼空が顔を見せて、風は未だにかなり勁く、無法者、街々を走ってあるいていたが、私も負けずに風にさからってどんどん大股であるいてやった。恥ずかしいほどの少年になってし・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・そういう精神が涵養されなかったために未だに日本新文学が傑作を生んでいない。あなたはもっと誇りを高く高くするがいい。永野喜美代。太宰治君。」「わずかな興を覚えた時にも、彼はそれを確める為に大声を発して笑ってみた。ささやかな思い出に一滴の涙・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・祖母は、九十歳で未だに達者である。母は七十歳まで生きて、先年なくなった。女たちは、みなたいへんにお寺が好きであった。殊にも祖母の信仰は異常といっていいくらいで、家族の笑い話の種にさえなっている。お寺は、浄土真宗である。親鸞上人のひらいた宗派・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
出典:青空文庫