・・・わたしの母が本ずきであったために、父の書斎になっていた妙な長四畳の部屋の一方に、そんな乱雑な、唐紙もついていない一間の本棚があった。わたしの偶然は、そういう家庭の条件と結びついたのだったが、ほかのどっさりの人々の偶然は、どこでどんな条件と結・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・見ると、これまでズラリと壁にはめこまれていた本棚とは別に、一つ大きい本棚が飾窓のこっちにこしらえてある。 経済。農業。機械。 五ヵ年計画に関するパンフレット。 政治。 党に関する文献。 反宗教。 そういう貼紙が本棚の・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・ 今日は一時間程本棚をいじりましたが、私達の本も文学史の勉強の為には、もう決して手離せない様なものだけになりましたね。大人の本箱になってきた。焼くのは本当に惜しいと思います。手に入らないばかりでなく、質的にもうない本ばかりですから。行き・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そこをあけると、玄関が二畳でそこにはまだ一部分がこわれたので、組立てられずに白木の大本棚が置いてあり、右手の唐紙をあけると、そこは四畳半で、箪笥と衣桁とがおいてあり、アイロンが小さい地袋の上に光っている。そこの左手の襖をあけると、八畳の部屋・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 彼女は日本女を本棚の方へ案内しながら云った。 ――今ここにいる女の人たちは大抵小学校の先生たちですよ。地方からも出て来て研究して行きます。 特別な本棚が一つ傍にあった。赤、黄、緑、紫、黒の紙片をはりつけた子供の為の本が棚わきに・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・いつも本棚の隅に、ふくぶくな姿を見せている。或る日、何心ない遊戯心から、それを彼等の籠の中に入れて見た。同じ仲間の剥製を、何と思って見るだろう、それが知りたかったのである。 畳の上に手をついて見ていると、なかなか気が附かない。止り木の上・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・伴三が本郷の本屋で、高等学校の生徒が自分の本をしばらくひらいて立読みし、やがて卒然感興を失った表情でそれを乱暴に本棚へ戻すのを目撃していて受けた苦痛の感情は、「強者連盟」全篇の中でも、亮子のいわゆる心をどうかしそうにまで肉薄した描写である。・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ ひろい一室に二つキチンと片づいた寝台がある。本棚がある。小ぢんまりした化粧台がある。壁にクルプスカヤとレーニンの肖像画がはってある。「わたし共のところはまだ女の学生がすくないんです。だから今のところ、あっちや、こっちに、こうして室・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・一番戸に近い側の女たちは、後の本棚と机との狭い間できゅうくつそうに床几にかけ、しかもそんなことには頓着しない風で、一生懸命手帳に何か書いている。 質素な服装。がっしりした肩つきだ。若いの、中年の、いれまじった顔は、どれも自分たちの思考力・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 八畳の隅を一つの大きな本棚と一つの本立て、本箱とで区切った勉強部屋の卓子の前に坐って、小説をよみ、空想に耽って居るとき、ふと、コトコトと何処かで働き廻って居る彼の音をきくと寛大な、寂しい、何処かに不愉快な微笑が湧いた。彼は、持って居る・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
出典:青空文庫