・・・そう思うと、いくら都踊りや保津川下りに未練があっても、便々と東山を眺めて、日を暮しているのは、気が咎める。本間さんはとうとう思い切って、雨が降るのに荷拵えが出来ると、俵屋の玄関から俥を駆って、制服制帽の甲斐甲斐しい姿を、七条の停車場へ運ばせ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・円山、それから東山。天の川がそのあたりから流れていた。 喬は自分が解放されるのを感じた。そして、「いつもここへは登ることに極めよう」と思った。 五位が鳴いて通った。煤黒い猫が屋根を歩いていた。喬は足もとに闌れた秋草の鉢を見た。・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ この高慢税を納めさせることをチャンと合点していたのは豊臣秀吉で、何といっても洒落た人だ。東山時分から高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出していたのだ。まことに殊勝の心がけの人だった。信長の時になると、も・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・増鏡巻五に、太政大臣藤原公相の頭が大きくて大でこで、げほう好みだったので、「げはふとかやまつるにかゝる生頭のいることにて、某のひじりとかや、東山のほとりなりける人取りてけるとて、後に沙汰がましく聞えき」という事があって、まだしゃれ頭にならな・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・安政元年十一月四日五日六日にわたる地震には東海、東山、北陸、山陽、山陰、南海、西海諸道ことごとく震動し、災害地帯はあるいは続きあるいは断えてはまた続いてこれらの諸道に分布し、至るところの沿岸には恐ろしい津波が押し寄せ、震水火による死者三千数・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・古い都の京では、嵐山や東山などを歩いてみたが、以前に遊んだときほどの感興も得られなかった。生活のまったく絶息してしまったようなこの古い鄙びた小さな都会では、干からびたような感じのする料理を食べたり、あまりにも自分の心胸と隔絶した、朗らかに柔・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・車中、五六人の東山行の団隊、丸い六十近いおどけ男、しきりに仲間にいたずらをする。紙切を結びつけたりして。那須登山 三日目四五日目、Aの退屈、夏中出来なかった仕事のエキスキュースにされる。不快六日目 ひどい雨、あのまっくら・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・ 黒毛の猫とあんまりやせた犬とはねらわれて居るようで、かべのくずれたのはいもりを、毛深い人は雲助を思い、まのぬけて大きい人を見ると東山の馬鹿むこを、そぐわないけばけばしいなりの人を見ると浅草の活動のかんばんを思い出す。 用い・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・大嘗会というのは、貞享四年に東山天皇の盛儀があってから、桂屋太郎兵衛の事を書いた高札の立った元文三年十一月二十三日の直前、同じ月の十九日に五十一年目に、桜町天皇が挙行したもうまで、中絶していたのである。・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ 都に上った厨子王は、僧形になっているので、東山の清水寺に泊った。 籠堂に寝て、あくる朝目がさめると、直衣に烏帽子を着て指貫をはいた老人が、枕もとに立っていて言った。「お前は誰の子じゃ。何か大切な物を持っているなら、どうぞおれに見せ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫