・・・すると土を積んだトロッコの外に、枕木を積んだトロッコが一輛、これは本線になる筈の、太い線路を登って来た。このトロッコを押しているのは、二人とも若い男だった。良平は彼等を見た時から、何だか親しみ易いような気がした。「この人たちならば叱られない・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・汽車のように枕木の上にレールが並べてあって、踏切などをつけた、電車だけの道なのであった。 窓からは線路に沿った家々の内部が見えた。破屋というのではないが、とりわけて見ようというような立派な家では勿論なかった。しかし人の家の内部というもの・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・ だが、そこの鉄橋は始終破壊された。枕木はいつの間にか引きぬかれていた。不意に軍用列車が襲撃された。 電線は切断されづめだった。 HとSとの連絡は始終断たれていた。 そこにパルチザンの巣窟があることは、それで、ほぼ想像がつい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・たゞ、パルチザンは、枕木の下へ油のついた火種を入れておくだけだった。ところが、枕木は炭焼竈の生木のように、雪の中で点火されぷす/\燻りながら炭になってしまうのだった。雪の中で燻る枕木は外へは火も煙も立てなかった。上から見れば、それは一分の故・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・全身の力をこめて、うんと枕木を踏んばり、それで前へ押さなきゃならない。しかも力をゆるめるとすぐ止る。で、端から端まで、――女達のいるところから、ケージのおりて来るところまで、――枕木を踏んばり通さなきゃならなかった。 彼は、まだ十五歳だ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・もと鉄道線路の敷地であったと見え、枕木を掘除いた跡があって、ところどころに水が溜っている。両側とも板塀が立っていて、その後の人家はやはり同じような路地の世界をつくっているものらしい。 線路址の空地が真直に闇をなした彼方のはずれには、往復・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・焼いた枕木でこさえた小さな家がある。熊笹が茂っている。植民地だ。 *いま小樽の公園に居る。高等商業の標本室も見てきた。馬鈴薯からできるもの百五、六十種の標本が面白かった。この公園も丘になっている。白樺がたくさん・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ずうっと積まれた黒い枕木の向こうに、あの立派な本線のシグナル柱が、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車を迎えるために、その上の硬い腕を下げたところでした。「お早う今朝は暖かですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊のよ・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・今でも腐った軌道や枕木が、灌木や羊歯の茂った阪道に淋しく転って居ります。頂上には、其等の廃跡の外に、一軒不思議な建物があるそうでございます。真四角な石造で、窓が高く小さく只一つの片目のようについて居る、気味が悪いと見た人が申しました。何でご・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫