・・・岩が大へん柔らかでしたから大丈夫それで削れる見当がついていたのでした。もうあちこちで掘り出されました。私はせわしくそれをとめて、二つの足あとの間隔をはかったり、スケッチをとったりしなければなりませんでした。足あとを二つつづけて取ろうとしてい・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・そして力いっぱいにひばりの子を岸の柔らかな草の上に投げあげて、自分も一とびにはね上がりました。 ひばりの子は草の上に倒れて、目を白くしてガタガタ顫えています。 ホモイも疲れでよろよろしましたが、無理にこらえて、楊の白い花をむしって来・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・けれどもいまはもう農業が進んでお前たちの家の近くなどでは二百十日のころになど花の咲いている稲なんか一本もないだろう、大抵もう柔らかな実になってるんだ。早い稲はもうよほど硬くさえなってるよ、僕らがかけあるいて少し位倒れたってそんなにひどくとり・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・童子さまの脳はもうすっかり疲れて、白い網のようになって、ぶるぶるゆれ、その中に赤い大きな三日月が浮かんだり、そのへん一杯にぜんまいの芽のようなものが見えたり、また四角な変に柔らかな白いものが、だんだん拡がって恐ろしい大きな箱になったりするの・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・重要な作品のテーマであれば、それにふさわしい表現の手段が彼としては無くてはならず、しかも、西欧の文学に通暁していたこの作者が、題材として手柔らかな、纏めやすく拵えやすい過去の情景へ向ってそれを求めたということの精神の機微にも目をひかれる。西・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・風のない夜は紫の煙が真直に空にのぼってゆきますけれど、少し風の強いときは軒端にまつわりついて、薄い絹紗で柔らかに包んだように何をも彼をも美しくすることがあります。こう云う蚊やりは田舎でなくてはみられませんが、都会でも風流な蚊やり器に匂いのい・・・ 宮本百合子 「蚊遣り」
・・・真個の女性が無意識に流露させる女らしさが、微妙な隅々で欠けているので、天真の軟らかみが乏しいとも云えよう。女形の女性は、筋の上で与えられた性格の特質だけを強調する点ではうまいかもしれないが、それ等の底に流れ満ちている泉のような何ものかを胸に・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・いかにも清楚で柔らかな感じを持った画である。『いでゆ』を作者と同じ立場に立って批評すれば、第一に、温泉浴室の柔艶な情趣を生かし得た事において成功である。湯気のためにほの白くなった檜の色も、湯気に包まれてほのかに輝く女の体も、この情趣を画・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な光線にも、前景のしおらしい草花にも、もしくは庭や垣根や重なった屋根などの全体の構図にも、くまなく行きわたらせた。柔らかで細かい、静かで淡い全体の調子も、この動機を力強く生かせて・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・こういう杉苔は、四季を通じて鮮やかな緑の色調を持ち続け、いつも柔らかそうにふくふくとしている。ことにその表面が、芝生のように刈りそろえて平面になっているのではなく、自然に生えそろって、おのずから微妙な起伏を持っているところに、何ともいえぬ美・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫