・・・巌根づたいに、鰒、鰒、栄螺、栄螺。……小鰯の色の綺麗さ。紫式部といったかたの好きだったというももっともで……お紫と云うがほんとうに紫……などというでしゅ、その娘が、その声で。……淡い膏も、白粉も、娘の匂いそのままで、膚ざわりのただ粗い、岩に・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・が、巌山の巉崕を切って通した、栄螺の角に似たぎざぎざの麓の径と、浪打際との間に、築繞らした石の柵は、土手というよりもただ低い欄干に過ぎない。「お宅の庭の流にかかった、橋廊下の欄干より低いくらいで、……すぐ、富士山の裾を引いた波なんですな・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・さて、お肴には何よけん、あわび、さだえか、かせよけん、と栄螺蛤が唄になり、皿の縁に浮いて出る。白魚よし、小鯛よし、緋の毛氈に肖つかわしいのは柳鰈というのがある。業平蜆、小町蝦、飯鮹も憎からず。どれも小さなほど愛らしく、器もいずれ可愛いのほど・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ 三 登竜門ここを過ぎて、一つ二銭の栄螺かな。「なんだか、――とんでもない雑誌だそうですね」「いいえ。ふつうのパンフレットです」「すぐそんなことを言うからな。君のことは実にしばしば話に聞いて、よく・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・懸茶屋には絹被の芋慈姑の串団子を陳ね栄螺の壼焼などをも鬻ぐ。百眼売つけ髭売蝶売花簪売風船売などあるいは屋台を据ゑあるいは立ちながらに売る。花見の客の雑沓狼藉は筆にも記しがたし。明治三十三年四月十五日の日曜日に向嶋にて警察官の厄介となりし者酩・・・ 永井荷風 「向嶋」
出典:青空文庫