・・・従って臭気も甚だしゅうございますゆえ、御検分はいかがでございましょうか?」 しかし家康は承知しなかった。「誰も死んだ上は変りはない。とにかくこれへ持って参るように。」 正純はまた次ぎの間へ退き、母布をかけた首桶を前にいつまでもじ・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・この間町じゅうで大評判をした、あの禽獣のような悪行を働いた罪人が、きょう法律の宣告に依って、社会の安寧のために処刑になるのを、見分しに行く市の名誉職十二人の随一たる己様だぞ。こう思うと、またある特殊の物、ある暗黒なる大威力が我身の内に宿って・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・それに、久しい無縁墓だで、ことわりいう檀家もなしの、立合ってくれる人の見分もないで、と一論判あった上で、土には触らねえ事になったでがす。」「そうあるべき処だよ。」「ところで、はい、あのさ、石彫の大え糸枠の上へ、がっしりと、立派なお堂・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 暫時聴耳を聳て何を聞くともなく突立っていたのは、猶お八畳の間を見分する必要が有るかと疑がっていたので。しかし確に箪笥を開ける音がした、障子をするすると開ける音を聞いた、夢か現かともかくと八畳の間に忍足で入って見たが、別に異変はない。縁・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・器械に狂いの生じたのを正作が見分し、修繕しているのらしい。 桂の顔、様子! 彼は無人の地にいて、我を忘れ世界を忘れ、身も魂も、今そのなしつつある仕事に打ちこんでいる。僕は桂の容貌、かくまでにまじめなるを見たことがない。見ているうちに、僕・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 内部の検分を終えて、外に出た大西が、ふりかえって叫んだ。それは五十米と距らない赭土の掘割りの中に、まるで土の色をして保護色に守られて建っていた。「あいつも見て置く必要があるな。」 浜田は、さきに立って、ツカ/\と進もうとした。・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・二階の一間の欄干だけには日が当るけれど、下座敷は茶の間も共に、外から這入ると人の顔さえちょっとは見分かぬほどの薄暗さ。厠へ出る縁先の小庭に至っては、日の目を見ぬ地面の湿け切っていること気味わるいばかりである。しかし先生はこの薄暗く湿った家を・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・平仮名なれば、ごくごく低き所にて、めしやの看板を見分くる便にもなるべきことなれども、片仮名にてはほとんど民間にその用なしというも可なり。これらの便・不便を考うれば、小学の初学第一歩には、平仮名の必要なること、疑をいるべからざるなり。 ま・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・皆くたびれて居るだろうけれどそれにも構わず墓の検分に来てくれたのだ。実に有り難い。諸君。諸君には見えないだろうが僕は草葉の陰から諸君の厚誼を謝して居るよ。去る者は日々に疎しといってなかなか死者に対する礼はつくされないものだ。僕も生前に経験が・・・ 正岡子規 「墓」
・・・もっとも十年ほど前に予が房総を旅行した時に見分した所でも上総をあるく間は少しもげんげんを見た事がなかったので、この辺には全くないのかと思うたら、房州にはいってからげんげんを見た事を記憶して居る。上総にもげんげんはないではないが、余り多くない・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫