・・・そして、くもは、横着者であって、かや、はえがこないときは、根もとの方に隠れて眠っていました。 ある日、きれいなちょうが飛んできました。そして、花の上にとまりました。「なんて、いい香いのする、かわいらしい花でしょう。わたしは、あなたの・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・この男は少し変りもので、横着もので、随分人をひやかすような口ぶりをする奴ですから、『殴るぞ』と尺八を構えて喝す真似をしますと、彼奴急に真面目になりまして、『修蔵様に是非見てもらいたいものがあるんだが見てくれませんか』と妙なことを言い出し・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「嘘言え、横着をしてもっと上流の方を廻らんからだ」「大人、行ったことがない。どんなにあぶないか、どんなに行きにくいか知らない。何もしない者、何も知らない」 危険をくぐってやる仕事にかけては、俺の方がうわ手だ。ということを言いたげ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・それも道理千万な談で、早い譬が、誤植だらけの活版本でいくら万葉集を研究したからとて、真の研究が成立とう訳はない理屈だから、どうも学科によっては骨董的になるのがホントで、ならぬのがウソか横着かだ。マアこんな意味合もあって、骨董は誠に貴ぶべし、・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それでは、と膝を崩して、やや顔を上げ、少し笑って見せると、こんどは、横着な奴だと言って叱られる。これはならぬと、あわてて膝を固くして、うなだれると、意気地が無いと言って叱られる。どんなにしても、だめであった。私は、私自身を持て余した。兄の怒・・・ 太宰治 「一燈」
・・・卑怯であると思う。横着であると思う。作品に依らずに、その人物に依ってひとに尊敬せられ愛されようとさまざまに心をくだいて工夫している作家は古来たくさんあったようだが、例外なく狡猾な、なまけものであります。極端な、ヒステリックな虚栄家であります・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・の無い事をののしり、自分ほど不仕合せの者は無いと言って歎き、たまに雑誌社の人が私のところに詩の註文を持って来てくれると、私をさし置いて彼女自身が膝をすすめて、当今の物価の高い事、亭主は愚図で頭が悪くて横着で一つも信頼の出来ぬ事、詩なんかでは・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・そうして、骨おしみの横着もので、つまり、自身の日常生活に自惚れているやつだけが、例の日記みたいなものを書くのである。それでは読者にすまぬと、所謂、虚構を案出する、そこにこそ作家の真の苦しみというものがあるのではなかろうか。所詮、君たちは、な・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・三木は、しんからいまいましそうに顔をしかめて、「君には、手のつけられない横着なところがある。君は、君自身の苦悩に少し自惚れ持ち過ぎていやしないか? どうも、僕は、君を買いかぶりすぎていたようだ。君の苦しみなんざ、掌に針たてたくらいのもので、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・きょうは忙しいから帰れと言われても、なんとか、かとか勝手な事を言っては横着にも居すわって、先生の仕事をしているそばでスチュディオの絵を見たりしていた。当時先生はターナーの絵が好きで、よくこの画家についていろいろの話をされた。いつだったか、先・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
出典:青空文庫