・・・百メートルくらいしかないけれど、樹立がふかくて奥行のある山であった。見はらしのきく頂上へきて、岩の上にひざを抱いてすわると、熊本市街が一とめにみえる。田圃と山にかこまれて、樹木の多い熊本市は、ほこりをあびてうすよごれてみえた。裁判所の赤煉瓦・・・ 徳永直 「白い道」
・・・前に申す通り吾々の生命は――吾々と云うと自他を樹立する語弊はあるがしばらく便宜のために使用します――吾々の生命は意識の連続であります。そうしてどういうものかこの連続を切断する事を欲しないのであります。他の言葉で云うと死ぬ事を希望しないのであ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・すすきの花の向い火や、きらめく赤褐の樹立のなかに、鹿が無心に遊んでいます。ひとは自分と鹿との区別を忘れ、いっしょに踊ろうとさえします。 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・孫文派が広東政府を樹立し、中国国民党宣言を発表した。京漢鉄道総工会の成立大会を武力解散させた軍閥呉佩孚に対して中国労働者がジェネストを起し、英国の労働運動に一つのエポックをつくった。今日三百万の党員をもち中国人口の三五パーセントを解放地区に・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ファーが、或る貴族の園遊会でコルベット卿にめぐり会い、その偶然が二人を愛へ導いて結婚することになると、満十六歳の誕生日の祝いと一緒にそのことを知ったイレーネが悩乱して、婚礼の朝、朝露のこめている教会の樹立ちのかげから母の新しい良人を狙撃しよ・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 一九二九年の世界大恐慌から後一九三三年ナチス独裁が樹立するころ、ケーテの生活はどんなふうであったのだろう。シュペングラーが「婦人は同僚でもなければ愛人でもなく、ただ母たるのみ」という標語を示した時、母たるドイツの勤労女性の生活苦闘の衷・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・そのための強国間の協力、原子爆弾の禁止、人種的差別の撤廃、マーシャル・プランの廃止、植民地住民の自治原則確立、日独に対する講和促進と占領軍の撤退、中国における民主的連立政権の樹立、タフト・ハートレー法の撤廃、非米委員会活動の廃止、基本産業の・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・ 革命前に於けるロシアの一般勤労婦人の状態は、目下の日本同然ひどいものでしたが、ソヴェト政府が樹立されてから、先ず生産において地位が向上し、徹底的に文盲撲滅運動がやられたので、間もなく、プロレタリア婦人の中からも続々と通信員が出、文学活・・・ 宮本百合子 「婦人作家の「不振」とその社会的原因」
・・・梶は冷然としていく自分に妙に不安な戦慄を覚え、黒黒とした樹立の沈黙に身をよせかけていくように歩いた。「僕はね、先生。」とまた暫くして、栖方は梶に擦りよって来て云った。「いま僕は一つ、悩んでいることがあるんですよ。」「何んです。」・・・ 横光利一 「微笑」
・・・我々はここに享楽的浮浪人としての画家、道義的価値に無関心な官能の使徒としての画家を見ずして、人類への奉仕・真善美の樹立を人間最高の目的とする人類の使徒としての画家を見る。もとより画家である限り、その奉仕は「美」への奉仕に限られている。しかし・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫