・・・が、やがて置き時計の針を見ると、半ば機械的にベルの鈕を押した。 書記の今西はその響に応じて、心もち明けた戸の後から、痩せた半身をさし延ばした。「今西君。鄭君にそう云ってくれ給え。今夜はどうか私の代りに、東京へ御出でを願いますと。」・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・帳場はあざ笑って脚の立たない馬は、金を喰う機械見たいなものだといった。そして竹箆返しに跡釜が出来たから小屋を立退けと逼った。愚図愚図していると今までのような煮え切らない事はして置かない、この村の巡査でまにあわなければ倶知安からでも頼んで処分・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 今椅子に掛けている貨物は、潜水器械というものを身に装った人間に似ていて、頗る人間離れのした恰好の物である。怪しく動かない物である。言わば内容のない外被である。ある気味の悪い程可笑しい、異様な、頭から足まで包まれた物である。 フレン・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・と、機械があって人形の腹の中で聞えるような、顔には似ない高慢さ。 女房は打笑みつつ、向直って顔を見た。「ほほほ、いうことだけ聞いていると、三ちゃんは、大層強そうだけれど、その実意気地なしッたらないんだもの、何よ、あれは?」「あれ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・鎌をとぐ手はただ器械的に動いてるらしい。おはまは真に苦も荷もない声で小唄をうたいつつ台所に働いている。兄夫婦や満蔵はほとんど、活きた器械のごとく、秩序正しく動いている。省作の目には、太陽の光が寸一寸と歩を進めて動く意味と、ほとんど同じように・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・明治四、五年頃、ピヤノやヴァイオリンが初めて横浜へ入荷した時、新らし物好きの椿岳は早速買込んで神田今川橋の或る貸席で西洋音楽機械展覧会を開いた。今聞くと極めて珍妙な名称であるが、その頃は頗るハイカラに響いたので、当日はいわゆる文明開化の新ら・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その人は立派な物理学の機械に優って、立派な天文台に優って、あるいは立派な学者に優って、価値のある魂を持っておったメリー・ライオンという女でありました。その生涯をことごとく述べることは今ここではできませぬが、この女史が自分の女生徒に遺言した言・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・そして、こんないい音のする器械は、だれが発明して、どこの国から、はじめてきたのだろうかと考えました。 ある日、露子は、先生に向かって、オルガンはどこの国からきたのでしょうか、と問いました。すると先生は、そのはじめは、外国からきたのだとい・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ その歯科医院は古びたしもた家で、二階に治療機械を備えつけてあるのだが、いかにも煤ぼけて、天井がむやみに低く、機械の先が天井にすれすれになっていて、恐らく医者はこごみながら、しばしば頭を打っつけながら治療するのではないかと思われる。看板・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 彼は給仕女の方に向いて、斯う機械的に叫んだ。「お父さん、僕エダマメを喰べようかな」 しばらくすると、長男はまた云った。「よし/\、エダマメ二――それからお銚子……」 彼はやはり同じ調子で叫んだ。 やがて食い足った子・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫