・・・そして次の間をあけると酒肴の用意がしてある。それを運びこんで女と徳二郎はさし向かいにすわった。 徳二郎はふだんにないむずかしい顔をしていたが、女のさす杯を受けて一息にのみ干し、「いよいよ何日と決まった?」と女の顔をじっと見ながらたず・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・船頭は客よりも後ろの次の間にいまして、丁度お供のような形に、先ずは少し右舷によって扣えております。日がさす、雨がふる、いずれにも無論のこと苫というものを葺きます。それはおもての舟梁とその次の舟梁とにあいている孔に、「たてじ」を立て、二のたて・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・彼は顫えがとまらなかった。何度も室の中を行ったり来たりした。彼は次の間を仕切っている襖をフトあけてみた。乱雑に着物がぬぎ捨てられてある、女の部屋らしく、鏡台がすぐ側にあった。その小さい引出しが開けられたままになっていたり、白粉刷毛が側に転が・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・すっと部屋を素通りして、次の間に行ってしまった。顔色も悪く、ぎょっとするほど痩せて、けわしい容貌になっていた。次の間にも母の病気見舞いの客がひとり来ているのだ。兄はそのお客としばらく話をして、やがてその客が帰って行ってから、「常居」に来て、・・・ 太宰治 「故郷」
・・・細君らしい二十五、六の女がかいがいしく襷掛けになって働いていると、四歳くらいの男の児と六歳くらいの女の児とが、座敷の次の間の縁側の日当たりの好いところに出て、しきりに何ごとをか言って遊んでいる。 家の南側に、釣瓶を伏せた井戸があるが、十・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 店のすぐ次の間に案内された。そこは細長い部屋で、やはり食堂兼応接間のようなものであったが、B君のうちのが侘しいほど無装飾であったのと反対に、ここは何かしらゴタゴタとうるさいほど飾り立ててあった。 壁を見ると日本の錦絵が沢山貼りつけ・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・すると家々ではかねて玄関かその次の間に用意してある糯米やうるちやあずきや切り餅を少量ずつめいめいの持っている袋に入れてやる。みんなありがとうともなんとも言わずにそれをもらって次の家へと回って行くのである。 平生は行ったこともない敷居の高・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・その要件の話がすんだあとで、いろいろ雑談をしているうちに、どういうきっかけであったか、先生が次の間からヴァイオリンを持ち出して来られた。まずその物理的機構について説明された後に、デモンストレーションのために「君が代」を一ぺんひいて聞かされた・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・先生はのそのそ置炬燵から次の間へ這出して有合う長煙管で二、三服煙草を吸いつつ、余念もなくお妾の化粧する様子を眺めた。先生は女が髪を直す時の千姿万態をば、そのあらゆる場合を通じて尽くこれを秩序的に諳じながら、なお飽きないほどの熱心なる観察者で・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・女が三四人次の間に黙って控えていた。遺骸は白い布で包んでその上に池辺君の平生着たらしい黒紋付が掛けてあった。顔も白い晒しで隠してあった。余が枕辺近く寄って、その晒しを取り除けた時、僧は読経の声をぴたりと止めた。夜半の灯に透かして見た池辺君の・・・ 夏目漱石 「三山居士」
出典:青空文庫