・・・第二に死後三日も経ている。第三に脚は腐っている。そんな莫迦げたことのあるはずはない。現に彼の脚はこの通り、――彼は脚を早めるが早いか、思わずあっと大声を出した。大声を出したのも不思議ではない。折り目の正しい白ズボンに白靴をはいた彼の脚は窓か・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・いや、五百円の金を貰ったのではない、二百円は死後に受けとることにし、差し当りは契約書と引き換えに三百円だけ貰ったのです。ではその死後に受けとる二百円は一体誰の手へ渡るのかと言うと、何でも契約書の文面によれば、「遺族または本人の指定したるもの・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・もっともチャックは物質主義者ですから、死後の生命などを信じていません。現にその話をした時にも悪意のある微笑を浮かべながら、「やはり霊魂というものも物質的存在とみえますね」などと註釈めいたことをつけ加えていました。僕も幽霊を信じないことはチャ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・肛門を見て、死後三十分くらいを経過しているという。この一語は診察の終わりであった。多くの姉妹らはいまさらのごとく声を立てて泣く、母は顔を死児に押し当ててうつぶしてしまった。池があぶないあぶないと思っていながら、何という不注意なことをしたんだ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・にかけながら、「私は越前福井の者でござりまするが先年二人の親に死に別れてしまったのでこの様な姿になりましたけれ共それがもうよっぽど時はすぎましたけれ共どうしてもなくなった二親の事が忘られないのでせめて死後供養にもと諸国をめぐり歩くものでござ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・一月の十二三日に収容せられ、生死不明者等はそこで初めて戦死と認定せられ、遺骨が皆本国の聨隊に着したんは、三月十五日頃であったんや。死後八カ月を過ぎて葬式が行われたんや。」「して、大石のからだはあったんか?」「あったとも、君――後で収・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・椿岳は一つの画を作るためには何枚も何枚も下画を描いたので、死後の筐底に残った無数の下画や粉本を見ても平素の細心の尋常でなかったのが解る。椿岳の画は大抵一気呵成であるが、椿岳の一気呵成には人の知らない多大の準備があったのだ。 椿岳が第一回・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、手紙で知らして来た容子に由ると、その後も続いて沼南の世話になっていたらしく、中国辺の新聞記者となったのも沼南の口入なら、最後に脚気か何かの病気でドコかの病院に入院して終に死んでしまった病院費用から死後の始末まで万端皆沼南が世話をしてやっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・この金で死後の始末をしてもらい、残りは、どうか自分と同じような、不幸な孤独な人のために費ってもらいたい。」 こういうようなことが書いてありました。終生独身で過ごした、B医師はバラック式であったが、有志の助力によって、慈善病院を建てたのは・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ そして水盤の愛する赤い石をながめながら我が死後、幾何の間、石はこのままの姿を存するであろうかと空想するのでした。 するとこの松は如何、この蘭は如何という風にすべて生命あるものの齢について考えられるのでした。 中にも独り老木の梅・・・ 小川未明 「春風遍し」
出典:青空文庫