・・・せねばならぬと、こう自分は信じたので、コンマ、ピリオドの一つをも濫りに棄てず、原文にコンマが三つ、ピリオドが一つあれば、訳文にも亦ピリオドが一つ、コンマが三つという風にして、原文の調子を移そうとした。殊に翻訳を為始めた頃は、語数も原文と同じ・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・さすがに強情な僕も全く素人であるだけにこの実地論を聞いて半ば驚き半ば感心した。殊に日本画の横顔には正面から見たような目が画いてあるのだといわれて非常に驚いた。けれども形似は絵の巧拙に拘らぬという論でもってその驚きを打ち消してしもうた。その後・・・ 正岡子規 「画」
・・・ イギリス海岸には、青白い凝灰質の泥岩が、川に沿ってずいぶん広く露出し、その南のはじに立ちますと、北のはずれに居る人は、小指の先よりもっと小さく見えました。 殊にその泥岩層は、川の水の増すたんび、奇麗に洗われるものですから、何とも云・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ この死によって私は、殊に近来夫婦関係というような事に就いていろいろの事を考えて来ましたが、私共の機械的な日常生活の中に、こんな深遠な境地が係らわっていることか、と深く深く胸を撲たれました。そうして有島さんの最近の作物「二つの心」などを・・・ 宮本百合子 「有島さんの死について」
・・・はたきの音が殊に劇しいので、木村は度々小言を言ったが、一日位直っても、また元の通りになる。はたきに附けてある紙ではたかずに、柄の先きではたくのである。木村はこれを「本能的掃除」と名づけた。鳩の卵を抱いているとき、卵と白墨の角をしたのと取り換・・・ 森鴎外 「あそび」
優れた作品を書く方法の一つとして、一日に一度は是非自分がその日のうちに死ぬと思うこと、とジッドはいったということであるが、一日に一度ではなくとも、三日に一度は私たちでもそのように思う癖がある。殊に子供を持つようになってからはなおさらそ・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫