・・・が、糞泥汚物を押流す大汎濫は減水する時に必ず他日の養分になる泥沙を残留するようにこの馬鹿々々しい滑稽欧化の大洪水もまた新らしい文化を萌芽するの養分を残した。少なくも今日の文芸美術の勃興は欧洲文化を尊重する当時の気分に発途した。 井侯が陛・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ と私はその頃、東京で家族全部と共に残留している或る親しい友人に書き送ってやった事もあった。 甲府へ来たのは、四月の、まだ薄ら寒い頃で、桜も東京よりかなりおくれ、やっとちらほら咲きはじめたばかりであったが、それから、五月、六月、そろ・・・ 太宰治 「薄明」
・・・この型の映画は見たあとで物語の筋などは霧のように消えてしまうが、ただ筋とはたいした関係もないような若干の場面の視覚的印象だけがかなり鮮明に残留するようである。ことによると、こうした種類のものがかえって「いわゆる抽象映画」などよりももっと抽象・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ある化学的物質の濃度に持続的な異常を生じて、それが脳神経中枢のどこかに特殊の刺激となって働く、そうして元の精神集注状態がやんだ後までも残存しているその特殊な刺激物質のために、それによる刺激作用が頑固に残留しているのではないか。そこで映画を見・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・しかし時の敗者たる知盛の幽霊に対して、子供心にもひどく同情というかなんというかわからない感情をいだいたものと見えて、そういう心持ちが今でもちゃんと残留しているのである。 芝居茶屋というものの光景の記憶がかすかに残っている、それを考えると・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ この符合は多分偶然かもしれないが、しかしもしかしたら、以前に類似のお獅子をどこかで見たその記憶が意識の底に残留していたかもしれないという可能性を否定することも困難である。 それにしても魔術師ないしセリストと麻束との関係はやはり分ら・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・ そして、女性的本能の残留らしい媚をふくんだ調子で婆さんはつづけた。「始めてだもんですから。どうも一向勝手が判りませんでねえ――あのう、すみませんが白岡へ参りましたら一寸教えて下さいませんか」「私は手前で降りるんですが」「へ・・・ 宮本百合子 「一隅」
・・・ いま新京を遁走するという八月九日の夜、観象台の課長であった著者の良人が、責任感から、他の所員を引揚団の団長にして自分は一応残留したという事実に、読者は、そのときその人の妻が良人に向っていった言葉とは、ちがった行為の価値を見いだす。妻は・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
出典:青空文庫