・・・もし強いて止めさせれば、丁度水分を失った植物か何かのように、先生の旺盛な活力も即座に萎微してしまうのであろう。だから先生は夜毎に英語を教えると云うその興味に促されて、わざわざ独りこのカッフェへ一杯の珈琲を啜りに来る。勿論それはあの給仕頭など・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・もっとも割れ目の空隙が厚くなるほど、これを充填した血液の水分は蒸発し、有機物は次第に分解変化して効力を失うであろうから、やはり目に見えない程度の分子的な割れ目に対して最も効力を発揮するであろうと考えられる。 以上のスペキュレーションが多・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・この事実から考えると最初に出るあの多量の水蒸気は主として火口の表層に含まれていた水から生じたもので、爆発の原動力をなしたと思われる深層からのガスは案外水分の少ないものではないかという疑いが起こった。しかしこれはもっとよく研究してみなければほ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・また根の周囲の土壌の質や水分供給の差異によるとも思われなかった。それからまた、関東震災のときに焼けたのと焼けなかったのとの区別によるのではないかとの説もあったが、なかなかそれだけのことでは決定されそうにない。そういう外部の物理的化学的条件だ・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・そうして大旱に逢った時に、深層の水分を取ることが出来なくなって、枯死してしまう。 少し唐突な話ではあるが、これと同じように、目前の利用のみを目当てにするような、いわゆる職業的の科学教育は結局基礎科学の根を枯死させることになりはしないか。・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・そうして指の先で刳っては食った。水分があとに残って滓ばかりになっても彼等は頓着せぬ。彼等には西瓜の味よりも寧ろうまく盗んだことが愉快に思われるのである。こうして汚れた西瓜の無残な形骸が処々の草の中に発見されるのである。西瓜がなくなって雑談に・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・セピヤ色の水分をもって飽和したる空気の中にぼんやり立って眺めている。二十世紀の倫敦がわが心の裏から次第に消え去ると同時に眼前の塔影が幻のごとき過去の歴史を吾が脳裏に描き出して来る。朝起きて啜る渋茶に立つ煙りの寝足らぬ夢の尾を曳くように感ぜら・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・――直観なすったところじゃ違いませんが、水分をふくむから召上りではあります」 派手な旗を長く巻いて棒にしたようなマカロニを持って帰りながら二人は随分笑った。「直観はいいわね」「面白いんですね、なかなか」 網野さんは濃い眉毛を・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
出典:青空文庫