・・・ 足の運びにつれて目に映じて心に往来するものは、土橋でなく、流でなく、遠方の森でなく、工場の煙突でなく、路傍の藪でなく、寺の屋根でもなく、影でなく、日南でなく、土の凸凹でもなく、かえって法廷を進退する公事訴訟人の風采、俤、伏目に我を仰ぎ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 病者は自ら胸を抱きて、眼を瞑ること良久しかりし、一際声の嗄びつつ、「こう謂えばな、親を蹴殺した罪人でも、一応は言訳をすることが出来るものをと、お前は無念に思うであろうが、法廷で論ずる罪は、囚徒が責任を負ってるのだ。 今お前が言・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・と、法廷で揚言した二十六歳の処女シャロット・コルデーは、処刑にのぞんで書をその父によせ、明白にこの意をさけんでいる。いわく「死刑台は恥辱にあらず。恥辱なるは罪悪のみ」と。 死刑が極悪・重罪の人を目的としたのは、もとよりである。したがって・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・とにあらずして、死者其人の極悪の質、重罪の行いに在るのではない歟。 仏国の革命の梟雄マラーを一刀に刺殺して、「予は万人を救わんが為に一人を殺せり」と法廷に揚言せる二十六歳の処女シャロット・ゴルデーは、処刑に臨みて書を其父に寄せ、明日(に・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・この時、傍聴していた若い男が拍手をして、法廷の外へ引ずり出された。「他人のことまで云わなくてもいゝ」裁判長はそう云って、次に山崎に同じ質問を発した。山崎は立ち上がると、しばらくモジ/\していたが、低い声で裁判長の方に向って何か云った。裁判長・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ひとりの奉行は、一策として、法廷のうしろの障子の蔭にふとった阿蘭陀人をひそませて置いて、シロオテを訊問してみた。ほかの奉行たちも、これをいい思いつきであるとして期待した。さて、奉行とシロオテとは、わけの判らぬ問答をはじめた。シロオテは、いか・・・ 太宰治 「地球図」
・・・私などは、無実の罪で法廷に立たせられても、その罪に数十倍するくらいの、極刑に価いするくらいの罪状を、検事にせつかれて、止むなく告白するかも知れない。もとより無形の犯罪であるが、そのときの私の陳述が、あまりにも微に入り細をうがって、いかにも真・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・一体被告の申立ては法廷を嘲弄しているものと認めます」と、裁判官達は云った。 おれは死刑を宣告せられた。それから法廷を侮辱した科によって、同時に罰金二十マルクに処せられた。「被告の所有者たる襟は没収する限りでないから、一応被告に下げ渡・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 次は当然法廷の場である、憎まれ役の検事になるべく意地のわるい弁論をさせて、被告と見物に気をもませ、被告に不利な証人だけを選りぬいて登場させる、弁護士にはなるべく口が利けないようにするが、但し後の伏線になるようにアパートの時計が二十分進・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・電気窃取罪の鑑定人として物理学者が法廷に立った事もある。二十世紀の今日においては電気の疑問が電子に移った。電子は連続的のものでなくて粒から成り立っている。一電子の有する電気以下の少量の電気はどこにも得る事が出来ぬ。あらゆる電気はこの微粒の整・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
出典:青空文庫