・・・死の宣告を受けて法廷を出る時、彼らの或者が「万歳! 万歳!」と叫んだのは、その証拠である。彼らはかくして笑を含んで死んだ。悪僧といわるる内山愚童の死顔は平和であった。かくして十二名の無政府主義者は死んだ。数えがたき無政府主義者の種子は蒔かれ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 二 アメリカ大統領選挙の結果が発表され、トルーマンの当選が知らされたと時をおなじくして、東京の市ヶ谷では、極東軍事裁判の最終段階の法廷が再開された。トルーマンが政策として、平和のための強国間の協力、アメリ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・ということ、歴史の現実そのものが一人の人間を社会主義への展望に成長させてゆく過程はヒューマニティそのものの問題である。思想検事が「ここにおいて被告はマルクス主義思想を抱懐するにいたり」と法廷でよみあげる告発の文書の文句とは、まるでちがった本・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
銀座の通りを歩いていたらば、一つの飾窓の前に人だかりがしている。近よって見るとそこには法廷に立っているお定の写真が掲げられているのであった。 数日前には、前陸軍工廠長官夫人の虚栄心が、良人の涜職問題をひきおこす動機とな・・・ 宮本百合子 「暮の街」
・・・ 良人に左翼女優の比叡子という愛人が出来、妻はそれを苦しみ、愛をとり戻そうとして自分を傷けたことから誤って死んだのであったが、法廷で、この女優が、殺人をおかさせたのは自分であると云う。その心持を、人間的な感情上の責任感として、あるがまま・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・其処で、彼女は嘗ては愛情を表現するのに、どうしたらよいだろうと思いなやんだ同じ胸で、今度は、どうしたら、彼を怒らせ、自分に手をあげさせ、その挙げたままの手を捕えて、法廷に出られるだろうと工夫するのでございます。 哀れむべき良人は、正直に・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 第一日の十一月四日、法廷にはニュース映画のカメラ、ラジオの録音の機具まで運びこまれ、まぶしいフラッシュの閃きの間に赤坊の泣声がまじり、十二名の被告が入廷するという光景であったことが、各紙に報ぜられた。その前日ごろわたしたちは、裁判所の・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・或る人は、それ程、暖い友情によって結ばれている夫婦が、何故あれ程頻々と、法廷で離婚訴訟を起すか。何故、金持の後とり娘だと云うと多勢の青年がつき纏うか。どうして、血で血を洗う相続争いが頻出するかと詰問されるでしょう。 確に、それは世上の大・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ヒダにはさまれてもがくどの虫も、権力によって発せられた告発状そのものが、訴訟法に反してつくられているという事実をもって、法廷にたたかう決意を示したためしはない。 戦争に反対し、戦争の挑発に抗議する現代人の要求は、ほとんどすべての文学者の・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・被告宮本ただ一人、傍聴者は弁護士と妻と看守ばかりという法廷であった。戦争に気を奪われ左翼の存在を忘れさせられた人々は殺人の公判には傍聴に入っても治安維持法の公判廷には姿を見せなくなった。治安維持法の意味を知り、公判に関心をもつ人々は危険をお・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫