・・・が、ジャットランドの海戦記事などはふだんでも愉快に読めるものではない。殊に今日は東京へ行きたさに業を煮やしている時である。彼は英語の海語辞典を片手に一頁ばかり目を通した後、憂鬱にまたポケットの底の六十何銭かを考えはじめた。…… 十一時半・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・の見せる黄海の海戦の光景などは黄海と云うのにも関らず、毒々しいほど青い浪に白い浪がしらを躍らせていた。しかし目前の海の色は――なるほど目前の海の色も沖だけは青あおと煙っている。が、渚に近い海は少しも青い色を帯びていない。正にぬかるみのたまり・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 三七 日本海海戦 僕らは皆日本海海戦の勝敗を日本の一大事と信じていた。が、「今日晴朗なれども浪高し」の号外は出ても、勝敗は容易にわからなかった。するとある日の午飯の時間に僕の組の先生が一人、号外を持って教室へかけこ・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・……… 2 三人 一等戦闘艦××はある海戦を終った後、五隻の軍艦を従えながら、静かに鎮海湾へ向って行った。海はいつか夜になっていた。が、左舷の水平線の上には大きい鎌なりの月が一つ赤あかと空にかかっていた。二万噸の××・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・八 対島沖の大海戦の二日後 最も元気だったのは日露戦争中であった。大阪朝日の待遇には余り平らかでなかったが、東京の編輯局には毎日あるいは隔日に出掛けて、海外電報や戦地の通信を瞬時も早く読むのを楽みとしていた。「砲声聞ゆ」・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・作家としての独歩の面目は、到るところに発揮されて、当時の海戦と艦上生活の有様をヴィヴィットに伝え得るものがある。軍艦の水兵たちや、戦地に行った者たちが、内地からの郵便物を恐ろしく焦れ待つことは、多くの者の経験するところで、後年の文学にたび/・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ あとで知ったことでございますが、あの恐しい不思議な物音は、日本海大海戦、軍艦の大砲の音だったのでございます。東郷提督の命令一下で、露国のバルチック艦隊を一挙に撃滅なさるための、大激戦の最中だったのでございます。ちょうど、そのころでござ・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・日本海の海戦では霧のために蒙った損害も少なくなかった。こういう場合に気象学や気候学の知識が如何に貴重であるかは世人のあまり気の付かぬ事である。 欧洲大戦が始まって以来あらゆる科学が徴発されている。気象学の知識を借りなければならぬ事柄も少・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・僅か五隻のペリー艦隊の前に為す術を知らなかったわれらが、日本海の海戦でトラファルガー以来の勝利を得たのに心を躍らすのである。 下 先生はこの驚嘆の念より出立して、好奇心に移り、それからまた研究心に落ち付いて、この・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・それは元連合艦隊参謀長草鹿龍之介氏「運命の海戦」をよんでもわかるとおり、「ミッドウェイ洋上、五分間の手遅れが太平洋全海戦の運命を決した」と五分早かったらという調子で、海戦の状況がこまかく専門的に記されていることである。元海軍中将であるこの筆・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
出典:青空文庫