・・・しかし真と善との峰は、まだ雪をかぶった儘深谷を隔てているかも知れぬ。菊池の前途もこの意味では艱険に富んでいそうである。巴里や倫敦を見て来た菊池、――それは会っても会わないでも好い。わたしの一番会いたい彼は、その峰々に亘るべき、不思議の虹を仰・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・今は汽車の便ありて深谷より寄居に至る方、熊谷より寄居に至るよりもやや近ければ、深谷まで汽車にて行き越し、そこより馬車の便りを仮りて寄居に至り、中仙道通りの路に合する路を人の取ることも少からずと聞く。同じ汽車にて本庄まで行き、それより児玉町を・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・「ごく近いところで、深谷もこのごろはなかなかいいですよ」「石屋ならいい座敷がありますけれど、あすこも割に安くつかんぞな」「さしあたってちょっと触れたくない問題があるんでね。どうせ何とかしなくちゃならないにしても、今は誰にも逢いた・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ その一つの部屋に、深谷というのと、安岡と呼ばれる卒業期の五年生がいた。 もちろん、部屋の窓の外は松林であった。松の梢を越して国分寺の五重の塔が、日の光、月の光に見渡された。 人数に比べて部屋の数が多過ぎるので、寄宿舎は階上を自・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
出典:青空文庫