・・・それからその辞令をみんなに一人ずつ見せて挨拶してあるき、おしまいに会計に行きましたら、会計の老人はちょっと渋い顔付きはしていましたが、だまってわたくしの印を受け取って大きな紙幣を八枚も渡してくれました。ほかに役所の大きな写真器械や双眼鏡も借・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ さっきっから渋い顔をして何事か案じて居た栄蔵は、「私は、今夜の夜行でどうしても立って行くさかい、お前も一緒にお行き。 こんなところに居ては気づかいで重るばかりやないか。 な、そうしよう。 立ちあがって、グングン・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ その時私は菊の大模様のついた渋い好いメリンスの袷を着て居たと覚えて居る。 そうして静かな中にじいっと一つ物を見つめて居る事は今になってさえ止まない私の気持の良い胸のときめく様な気のする事である。 私はややしばらくの間、そうやっ・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・ 往来所見 ○毛糸の頭巾をかぶった男の子二人、活動の真似をして棒ちぎれを振廻す ○オートバイ 「このハンドルの渋いの気に入らん」 とめたまま爆発の工合を見て居る。 女の言葉の特長・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
・・・ 千世子は渋い渋い顔をした。 まあそうだったのかえ。 すまなかった。と云ったっきりのろい手つきで着物を着換えたりした。 帯の「しわ」をのしながら女中は京子が旅へ出かけるらしい事を云って居たなどとも云った。・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・ それに続いて、私も何だか後頭部が重くて堪えられないと云うものが沢山出て来て、夜頃には家中の者が渋い顔をして、「どうもこれはただじゃあない。と云い合った。 そこで一番気分の悪い母が医者へ電話をかけて泥棒の事をすっかり・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ 腹を立て疲れて私が床に渋い顔をしながらついたのは彼此十一時半頃であったが、母の話では、何でも雨戸は明け放しで十二時過まで、ゴヤゴヤ云って居たと云う。 毎日ある事ではないんだからと、翌日の朝は、幾分か静かな考えになって居た。 多・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 帳面を始めっから繰って見て渋い渋い顔をした祖母は、「今度で十六俵だよ。と云いながら、何とはなし重々しい様子で菊太の前に箱すずりとその帳面を置いた。 菊太は幾度も幾度も頭をさげて、乾いた筆の先を歯でつぶしてうすい墨を・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・かなり時が立ってから老僧は渋い苦しい顔をして入って来る。老僧 お聞きなさいました通り王から使者が参りました。 今になって使者をよこす王の心も大方はわかって居ります。 私はお疲れで会えないと申しましたらば、 悪智恵にた・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・口は唇が狭く、渋い表情をしているが、それでも冷酷なようには見えない。歯は白く光っている。 己の鑑定では五十歳位に見える。 下宿には大きい庭があって、それがすぐに海に接している。カツテガツトの波が岸を打っている。そこを散歩して、己は小・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫