・・・九十五度の風が吹くと温帯の風物は赤土色の憂愁に包まれてしまうのである。 喉元過ぎれば暑さを忘れるという。実際われわれには暑さ寒さの感覚そのものも記憶は薄弱であるように見える。ただその感覚と同時に経験した色々の出来事の記憶の印銘される濃度・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・しかしそれはごく近代のことであって、日清戦争以前の本来の日本人を生育して来た気候はだいたいにおいて温帯のそれであった。そうしていわゆる温帯の中での最も寒い地方から最も暖かい地方までのあらゆる段階を細かく具備し包含している。こういうふうに、互・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 春という言葉が正当な意味をもつのは、地球上でも温帯の一部に限られている。これもだれも知ってはいるが、リアライズしていないのは事実である。 しかしたとえば東京なら東京という定まった土地では、一年じゅうの気候の変化にはおのずからきまっ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・日本の本土はだいたいにおいて温帯に位していて、そうして細長い島国の両側に大海とその海流を控え、陸上には脊梁山脈がそびえている。そうして欧米には無い特別のモンスーンの影響を受けている。これだけの条件をそのままに全部具備した国土は日本のほかには・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・中間の温帯のくだものは、汁が多く酸味が多き点において他と違っておる。しかしこれは極大体の特色で、殊にこの頃のように農芸の事が進歩するといろいろの例外が出来てくるのはいうまでもない。○くだものの大小 くだものは培養の如何によって大きくもな・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ ロザリーは、九ツの男の子が、物語に対して「そんなことは嘘ですよ。詰らない! 春、夏、秋、冬の花が一どきに咲くなんて! 温帯や寒帯の植物は、熱帯になんかありません。僕知ってらあ」と云う風です。 可愛い女の子のドラは、ロザリー自身が熱中・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・南部に近い温帯の眠たさ、永遠の晩秋で冬は来ないのだろう。風のない、ひっそりとした風景。 耳の長いドンキに、綿をつんで、赤ちゃけた道をコロコロと転って行く黒人。 南へ来るにつれて、初冬のかたさが、天地にうちにとけて、ほの暖く成・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
出典:青空文庫