・・・江の浦口野の入海へ漾った、漂流物がありましてな、一頃はえらい騒ぎでございましたよ。浜方で拾った。それが――困りましたな――これもお話の中にありましたが、大な青竹の三尺余のずんどです。 一体こうした僻地で、これが源氏の畠でなければ、さしず・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ かれの兄はこの不幸なる漂流者を心を尽くして介抱した。その子供らはこの人のよい叔父にすっかり、懐いてしまった。兄貫一の子は三人あって、お花というが十五歳で、その次が前の源造、末が勇という七歳のかあいい児である。 お花は叔父を慰め、源・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・また仁明天皇の御代に僧真済が唐に渡る航海中に船が難破し、やっと筏に駕して漂流二十三日、同乗者三十余人ことごとく餓死し真済と弟子の真然とたった二人だけ助かったという記事がある。これも颱風らしい。こうした実例から見ても分るように遣唐使の往復は全・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・今日、食糧事情はそこまで逼迫しているという人もあろうが、難破して漂流している孤舟の中に生じた事件と仮定してさえも、私ども正常の人間性はその残酷さを許し得ないのである。ましてやこの事件は、単純きわまる残忍さが徹底している点で言語道断な特殊な一・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・男と女とがうちまじって一つ船にのって働いて、もし時化で漂流でもした場合におこって来る複雑な問題も考えて、さけられているというわけなのだろうか。 女は自分では海へ出て働かない。このことから経済も受け身で、働く男のいなくなったときの海辺の女・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・作家が自身の作品に深々と腰をおろしている姿には殆ど接し得ないという、「作品と作家の間の不幸な関係は、そのままで放置すれば、作品と作家がすっかり離縁して、てんでに何処へ漂流するかも知れないのだ。小説の前途について、いろいろ不安の説を聞くが、私・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・若い愛がまともに達成されず、途中で挫かれ、初々しい真摯さを愚弄されるために、いかほど、人間への信頼を失って肉体と精神との漂流をつづけている人があるだろう。売笑婦の増大、半売笑婦人の増大は、偽善めかした貞操論者の顔の上へはきかけられた資本主義・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・漱石はロックやヒュームの哲学をも、当時のロンドン生活に見落せない珈琲店の有様とともにふれているのであるが、抑々十八世紀のイギリス文学には何故ロビンソン風の漂流物語が多く出たのか、そのことと旺盛な植民事業の発展とは当時の一般風俗、心理の中でど・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
出典:青空文庫