・・・ あの娘は阿米といいましてちょうど十八になりますが、親なしで、昨年の春まで麹町十五丁目辺で、旦那様、榎のお医者といって評判の漢方の先生、それが伯父御に当ります、その邸で世話になって育ちましたそうでございます。 門の屋根を突貫いた榎の・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・粉にしたコーヒーをさらし木綿の小袋にほんのひとつまみちょっぴり入れたのを熱い牛乳の中に浸して、漢方の風邪薬のように振り出し絞り出すのである。とにかくこの生まれて始めて味わったコーヒーの香味はすっかり田舎育ちの少年の私を心酔させてしまった。す・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・「ずいぶんひどい医者だ。漢方の藪医だな。とうとうみんな風化かな。」大学士は又新らしくたばこをくわえてにやにやする。耳の下では鉱物どもが声をそろえて叫んでいた。「あ、いた、いた、いた、いた、た、たた。」みんなの声は・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫