・・・しかし僕自身としては持って生まれた奇妙な潔癖がそれをさせているのだと思う。僕は第四階級が階級一掃の仕事のために立ちつつあるのに深い同情を持たないではいられない。そのためには僕はなるべくその運動が純粋に行なわれんことを希望する。その希望が僕を・・・ 有島武郎 「片信」
・・・それよりはむしろ小悪微罪に触れるさえ忍び得られないで独りを潔うする潔癖家であった。濁流の渦巻く政界から次第に孤立して終にピューリタニックの使命に潜れるようになったは畢竟この潔癖のためであった。が、ドウしてYに対してのみ寛大であったろう。U氏・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・が、気の毒なる哉二葉亭は山本伯とは全く正反対に余りに内気であった、余りに謙遜であった、かつ余りに潔癖であった。切めて山本伯の九牛一毛なりとも功名心があり、粘着力があり、利慾心があり、かつその上に今少し鉄面皮であったなら、恐らく二葉亭は二葉亭・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・中には小さな利己的な潔癖から、自分の家へ友達を呼んで来るのを厭うような母親もあるが、そうしたことが、子供をして将来、個人主義者たらしめたり、会社へ出ても、他と共に協力の出来ぬ、憐れむべき人間にする結果となります。 これから教育は、家庭に・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・読んでしまえば、それでいゝようなものゝ、性来の潔癖もあって、汚れたのや、破れたのは、どうしても手に取る気がしません。少なくも、その書中から、滋養を摂るのに、それも稀にしかない本でゞもないかぎり、手垢がついていては、不快を禁ずることができない・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・は志賀直哉の亜流的新人を送迎することに忙殺されて、日本の文壇はいまもなお小河向きの笹舟をうかべるのに掛り切りだが、果してそれは編輯者の本来の願いだろうか、小河で手を洗う文壇の潔癖だろうか。バルザックの逞しいあらくれの手を忘れ、こそこそと小河・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 迷いもせず一途に1の数字を追うて行く買い方は、行き当りばったりに思案を変えて行く人々の狂気を遠くはなれていたわけだが、しかし取り乱さぬその冷静さがかえって普通でなく、度の過ぎた潔癖症の果てが狂気に通ずるように、頑なその一途さはふと常規・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・もっとも、潔癖症やプチブル趣味の人たちは銭湯は不潔だというだろう。綺麗好きが銭湯好きにはならないと笑うだろう。つまり彼の銭湯好きは銭湯が庶民的だからだと、言い直した方がよさそうだ。浮世風呂としての銭湯を愛しているのかも知れない。ところが、そ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ もともと潔癖性の女だったが、宗教に凝り出してからは、ますますそれがひどくなって食事の前に箸の先を五分間も見つめていることがある。一日に何十回も手を洗う。しまいには半時間も掛って洗っているようになり、洗って居間へ戻る途中廊下で人にすれ違・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 伊助の潔癖は登勢の白い手さえ汚いと躊躇うほどであり、新婚の甘さはなかったが、いつか登勢にはほくろのない顔なぞ男の顔としてはもうつまらなかった。そして、寺田屋をいつまでもこの夫のものにしておくためなら乾いた雑巾から血を絞りだすような苦労・・・ 織田作之助 「螢」
出典:青空文庫