・・・種善院様も非常に厳格な方で、而も非常に潔癖な方で、一生膝も崩さなかったというような行儀正しい方であったそうですが、観行院様もまた其通りの方であったので、家の様子が変って人少なになって居るに関わらず、種善院様の時代のように万事を遣って往こうと・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・きびしい潔癖を有難いものに思った。完成と秩序をこそあこがれた。そうして、芸術は枯れてしまった。サンボリスムは、枯死の一瞬前の美しい花であった。ばかどもは、この神棚の下で殉死した。私もまた、おくればせながら、この神棚の下で凍死した。死んだつも・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・そうして、貴下の潔癖が私のこのやりかたを又怒られるのではないかとも一応は考えてみましたが、私の気持ちが純粋である以上、若しこれを怒るならばそれは怒る方が間違いだと考えて敢えてこの御知らせをする次第です。但し貴下に考慮に入れて貰いたいのは、私・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・所詮は私も、自分の幼い潔癖に甘えていたのかも知れない。私は自分の不安な此の行動に、少年救済という美名を附して、わずかに自分で救われていた。溺れかけている少年を目前に見た時は、よし自分が泳げなくとも、救助に飛び込まなければならぬ。それが市民と・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ わあっはっはっ、と無気味妖怪の高笑いのこして立ち去り、おそらくは、生れ落ちてこのかた、この検事局に於ける大ポオズだけを練習して来たような老いぼれ、清水不住魚、と絹地にしたため、あわれこの潔癖、ばんざいだのうと陣笠、むやみ矢鱈に手を握り合っ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・新進作家には、それぐらいの潔癖があってもいいと思ったのである。「ごあいさつだわねえ。」 女中あがりらしいその少女は、品のない口調でそう叫んで、私の傍の椅子にべったり坐った。「はっはっはっは。」 私はひとくせありげに高笑いした・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・場合によっては芸術を愛する事が科学者としての堕落であり、また恥辱であるように考えている人もあり、あるいは文芸という言葉からすぐに不道徳を連想する潔癖家さえまれにはあるように思われる。 科学者の天地と芸術家の世界とはそれほど相いれぬもので・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・細心にして潔癖なる審査員達は「濫授」「濫造」の声に対して敏感ならざるを得ないのである。授与過剰の物議よりは、まだしも授与過少の不平の方が耳触わりの痛さにおいて多少の差等があるのである。 学位を狙う動機がたとえ私利や栄達のためであろうが、・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・それでも気の広い学者は笑って済ますが気の狭い潔癖な学者のうちには、しばしば「新聞的大発見」をするような他の学者に対してはなはだしく反感と軽侮をいだくような現象さえ生じるのである。こうなるとジャーナリズムはむしろ科学の学海の暗礁になりうる心配・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・それだから蓄音機は潔癖な音楽家から軽視されあるいは嫌忌されるのもやむを得ない事かもしれない。私はそういう音楽家の潔癖を尊重するものではあるが、それと同時に一般の音楽愛好者が蓄音機を享楽する事をとがめてはならないと思うものである。 蓄音機・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫