・・・皆顔を見合せながらうっかり側へ寄って火傷でもしては大変だと、気味悪るそうにしりごみさえし始めるのです。 そこで私の方はいよいよ落着き払って、その掌の上の石炭の火を、しばらく一同の眼の前へつきつけてから、今度はそれを勢いよく寄木細工の床へ・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・それも百姓に珍らしい長い顔の男で、禿げ上った額から左の半面にかけて火傷の跡がてらてらと光り、下瞼が赤くべっかんこをしていた。そして唇が紙のように薄かった。 帳場と呼ばれた男はその事なら飲み込めたという風に、時々上眼で睨み睨み、色々な事を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・が、ものの三月と経たぬ中にこのべらぼう、たった一人の女房の、寝顔の白い、緋手絡の円髷に、蝋燭を突刺して、じりじりと燃して火傷をさした、それから発狂した。 但し進藤とは違う。陰気でない。縁日とさえあればどこへでも押掛けて、鏝塗の変な手つき・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・湯は沸らせましたが――いや、どの小児衆も性急で、渇かし切ってござって、突然がぶりと喫りまするで、気を着けて進ぜませぬと、直きに火傷を。」「火傷を…うむ。」 と長い顔を傾ける。 二「同役とも申合わせまする事・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・療治は疾うに済んだんですが、何しろ大変な火傷でしょう。ずッと親もとへ引込んでいたんですが、片親です、おふくろばかり――外へも出ません。私たちが行って逢う時も、目だけは無事だったそうですけれども、すみの目金をかけて、姉さんかぶりをして、口には・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 親仁は抱しめもしたそうに、手探りに出した手を、火傷したかと慌てて引いて、その手を片手おがみに、あたりを拝んで、誰ともなしに叩頭をして、「御免下され、御免下され。」 と言った。「正念寺様におまいりをして、それから木賃へ行・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・偶々チョッカイを出しても火傷をするだけで、動やともすると野次馬扱いされて突飛ばされたりドヤされたりしている。これでは二葉亭が一世一代の芝居を打とうとしても出る幕がないだろう。 だが、実をいうと二葉亭は舞台監督が出来ても舞台で踊る柄ではな・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・俺の手が少し狂ったかも知れんが、おさださんに火傷をさせるつもりでしたことでは無いで」 とおげんは言って、直次の養母にもおさだにも詫びようとしたが、心の昂奮は隠せなかった。直次は笑い出した。「大袈裟な真似をするない。あいつは俺の方へ飛・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・しかしいつか赤ん坊をいきなり盥の熱湯に入れて、大火傷をさせた女の話を聞いたことがある。これなどはちょっと想像のつきかねることである。たぶんそのときだけ頭の内が留守になっていたのであろうと思う。 しかし風呂に限らず、われわれの日常生活でわ・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ 水の中に濃硫酸をいれるのに、極めて徐々に少しずつ滴下していれば酸は徐々に自然に水中に混合して大して間違いは起らないが、いきなり多量に流し込むと非常な熱を発生して罎が破れたり、火傷したりする危険が発生する。 汽車や飛行機や電話や無線・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
出典:青空文庫