・・・どこまでも奮闘せねばならぬ決心が自然的に強固となって、大災害を哀嘆してる暇がない為であろう。人間も無事だ、牛も無事だ、よしといったような、爽快な気分で朝まで熟睡した。 家のが鳴く、家のが鳴く、という子供の声が耳に入って眼を覚した。起って・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・それは、人間を信ずるの余り、思わぬ災害に逢着する事実から、お互に、妄りに信ずべからずとさえ思うに至ったのである。 人間が、人間を信じてならないということは、正しいことだろうか。また、みだりに知らない人を信ずることができないという、それ等・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・ト月の間――というのはつまり、過ぐる三月の、日をいえば十三日の夜半、醜悪にして猪口才な敵機が大阪の町々に火の雨を降らせたその時から数えて今日まで丁度一ト月の間、見たり聴いたりして来た数々の話には、はや災害の中から「起ち上ろうとする大阪」もし・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
・・・スコの震火で二十八町四方を焼いたのと、この二つですが、こんどの地震は、ゆれ方だけは以上二つの場合にくらべると、ずっとかるかったのですが、人命以外の損害のひどかった点では、まるでくらべもつかないほどの大災害だったのです。 この大きな被害も・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 甲府で二度目の災害を被り、行くところが無くなって、私たち親子四人は津軽に向って出発したのだが、それからたっぷり四昼夜かかってようやくの事で津軽の生家にたどりついたのである。 その途中の困難は、かなりのものであった。七月の二十八日朝・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・今度の火災については消防方面の当局者はもちろん、建築家、百貨店経営者等直接利害を感ずる人々の側ではすぐに徹底的の調査研究に着手して取りあえず災害予防方法を講究しておられるようであるが、何よりもいちばんだいじと思われる市民の火災訓練のほうがい・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・困った事にはそのころの東京市民はもう大地震の事などはきれいに忘れてしまっていて、大地震が来た時の災害を助長するようなあらゆる危険な施設を累積していることであろう。それを監督して非常に備えるのが地震国日本の為政者の重大な義務の一つでなければな・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・それで今度のような事件はむしろあるいは落雷の災害などと比較されてもいいようなきわめて稀有な偶然のなすわざで、たまたまこの気まぐれな偶然のいたずらの犠牲になった生徒たちの不幸はもちろんであるが、その責任を負わされる先生も土地の人も誠に珍しい災・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 震央に近い町村の被害はなかなか三島の比ではないらしい。災害地の人々を思うときにあすはたが身の上ということに考え及ばないではいられない。 軍縮問題が一時国内の耳目を聳動した。問題は一に国防の充実いかんにかかっている。陸海軍当局者が仮・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・これに附帯しては、地震の破壊作用の結果として生ずる災害の直接あるいは間接な見聞によって得らるる雑多な非系統的な知識と、それに関する各自の利害の念慮や、社会的あるいは道徳的批判の構成等である。 地震の科学的研究に従事する学者でも前述のよう・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
出典:青空文庫