・・・けれども、無人な或は、土の中のような色をした黒坊の母子が、放牧された牛などに混って、ぽつんと、野の中に立って居る様子は、非常に物淋しい心持がする。 にぎやかな色、あかるい空、しかし歌をうたう心持はしない。暖い大地の、不思議な物懶さと、陰・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・旁若無人という語はこの男のために作られたかと疑われる。 この車にあえば、徒歩の人も避ける。騎馬の人も避ける。貴人の馬車も避ける。富豪の自動車も避ける。隊伍をなした士卒も避ける。送葬の行列も避ける。この車の軌道を横たわるに会えば、電車の車・・・ 森鴎外 「空車」
・・・ハンモックと毛布を負うて無人の山奥へ平然として分け入る。阿蘇ではハンモックにぶら下がったまま凍死しようとした、妙義では頂に近き岩窟に一夜を明かした。肉体と社会を超越してのこのこと日本じゅう歩きめぐっている。旅は人を自然に近づかしめて、峨々た・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫