・・・と二葉亭は常に革命党の無力を見縊り切っていた。欧洲戦という意外の事件が突発したためという条、コンナに早く革命が開幕されて筋書通りに、トいうよりはむしろ筋書も何にもなくて無準備無計画で初めたのが勢いに引摺られてトントン拍子にバタバタ片附いてし・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 苛められて、滅びて行くものは無力だからです。真実なるがために、正義なるがために苛められて、争抗をつゞける者によってのみ、この社会は、浄化されるのです。 彼等の強いのは、真理を味方とするからです。苛められる者だけが、鞭の痛さを、人間・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・おれは、無力の人間だ。おれは一生、このひとのために、こんな苦労をしなければ、ならぬのか。いやだ、もういやだ。わかれよう。おれは、おれのちからで、尽せるところまで尽した。 そのとき、はっきり決心がついた。 この女は、だめだ。おれにだけ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・自身の無力がくやしいのだ。息子戦死の報を聞くや、つと立って台所に行き、しゃっしゃっと米をといだという母親のぶざまと共に、この男の悲しみの顛倒した表現をも、苦笑してゆるしてもらいたい。 ずいぶんたくさん書くことを用意していた筈なのに、異様・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・それにしても、縄の鞭を振りあげて、無力な商人を追い廻したりなんかして、なんて、まあ、けちな強がりなんでしょう。あなたに出来る精一ぱいの反抗は、たったそれだけなのですか、鳩売りの腰掛けを蹴散らすだけのことなのですか、と私は憫笑しておたずねして・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・私は波の動くがままに、右にゆらり左にゆらり無力に漂う、あの、「群集」の中の一人に過ぎないのではなかろうか。そうして私はいま、なんだか、おそろしい速度の列車に乗せられているようだ。この列車は、どこに行くのか、私は知らない。まだ、教えられていな・・・ 太宰治 「鴎」
・・・私は、いまこの二少年の憫笑に遭い、自分の無力弱小を、いやになるほど知らされた。私が、ふっと口を噤んで片手にビイルのコップを持ったまま思いに沈んでいるのを、見兼ねたか、少年佐伯は、低い声で、「何も、そんなに卑下して見せなくたって、いいじゃ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・私は、こんなばかな苦労をして、そうして、なんにもならなかったから、せめて君だけでも、自重してこんなばかな真似はなさらぬようにという極めて消極的な無力な忠告くらいは、私にも、できるように思う。燈台が高く明るい光を放っているのは、燈台みずからが・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・で無い、無力の作家でも、満洲の現在の努力には、こっそり声援を送りたい気持なのです。私は、いい加減な嘘は、吐きません。それだけを、誇りにして生きている作家であります。私は、政治の事は、少しも存じませんが、けれども、人間の生活に就いては、わずか・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・と自分でも、おや、と思ったほど叮嚀な言葉が出てしまって、見こまれたのが、不運なのだという無力な、だるい諦めも感ぜられ、いまは仕方なく立ち上り、無理な微笑さえ浮べて縁側に出たのである。私も、いやらしく弱くて、人を、とがめることが出来ないのであ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
出典:青空文庫