・・・ 午後三時ごろ、学校から帰ると、私の部屋に三人、友だちが集まっています、その一人は同室に机を並べている木村という無口な九州の青年、他の二人は同じこの家に下宿している青年で、政治科および法律科にいる血気の連中でした。私を見るや、政治科の鷹・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 全体磯吉は無口の男で又た口の利きようも下手だがどうかすると啖火交りで今のように威勢の可い物の言い振をすることもある、お源にはこれが頗る嬉しかったのである。然しお源には連添てから足掛三年にもなるが未だ磯吉は怠惰者だか働人だか判断が着かん・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ なんと云っても、根が無口な百姓だ。百姓のずるさも持って居る。百姓の素朴さも持って居る。百姓らしくまぬけでもある。そのくせ、ぬけめがないところもあるんだ。このせち辛い世の中に、まるで、自給自足時代の百姓のように、のんきらしく、──何を食・・・ 黒島伝治 「自画像」
・・・だが、母はおそろしく無口になってしまった。誰か何かをしゃべっても、たゞ相手の顔を見るだけで、口をきかないの。そして、そうでなくても小さい母は、モット小さくなってしまった。 山崎の「ガラ/\のお母さん」のところへ行ったのも、やはり同じ時間・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・ と、今度はお菊婆さんが言い出した。無口なお霜婆さんに比べると、この人はよく話した。「今度帰って見て、私も安心しました。」と、私は言った。「私はあの太郎さんを旦那衆にするつもりはありません。要るだけの道具はあてがう、あとは自分で働け・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・まるで、彼女にとっては強い、無口な母のようにも思われる「大地」に腕を巻きつけて、「どうぞ、お母さん、私を行かせないで下さいまし。貴女のお手で、私を確かり抱いて頂戴。斯うやって、私がすがり付いているように。そして、どうぞしっかり捕えていて・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・その晩も、どこかよそで、かなりやって来た様子なのに、それから私の家で、焼酎を立てつづけに十杯も飲み、まるでほとんど無口で、私ども夫婦が何かと話しかけても、ただはにかむように笑って、うん、うん、とあいまいに首肯き、突然、何時ですか、と時間をた・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ あとは、かず枝の叔父に事情を打ち明けて一切をたのんだ。無口な叔父は、「残念だなあ。」 といかにも、残念そうにしていた。 叔父がかず枝を連れてかえって、叔父の家に引きとり、「かず枝のやつ、宿の娘みたいに、夜寝るときは、亭・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ 母も、いったい、無口なほうである。しかし、言うことに、いつも、つめたい自信を持っていた。「でも、なかなか、来てくれるひともありませんから」「捜せば、きっと見つかりますよ。来てくれるひとが無いんじゃ無い、いてくれるひとが無いんじ・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・一体に無口らしいが通りがかりの漁師などが声をかけて行くと、オーと重い濁った返事をする。貧苦に沈んだ暗い声ではなくて勢いのある猛獣の吼声のようである。いつも恐ろしく真面目な顔をして煙草をふかしながら沖の方を見ている。怒っているのかと始めは思っ・・・ 寺田寅彦 「嵐」
出典:青空文庫