・・・これも肝心な所が省略されているそうであるが、それでもおもしろくなくはない。牛乳びんがいっせいに充填されて行くところだとか、耕作機械の大分列式だとか、これらは子供にもおとなにも、赤にも白にも、無条件におもしろい何物かをもっている。映画のそもそ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・朝一遍田を見廻って、帰ると宅の温かい牛乳がのめるし、読書に飽きたら花に水でもやってピアノでも鳴らす。誰れに恐れる事も諛う事も入らぬ、唯我独尊の生涯で愉快だろうと夢のような呑気な事を真面目に考えていた。それで肺炎から結核になろうと、なるまいと・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・新聞や牛乳の配達や、船員の朝帰りが、時々、私たちと行き違った。 何かの、パンだとか、魚の切身だとか、巴焼だとかの包み紙の、古新聞が、風に捲かれて、人気の薄い街を駆け抜けた。 雨が来そうであった。 私の胸の中では、毒蛇が鎌首を投げ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・小児は牛乳を以て養う可しと言い、財産家は乳母を雇うこと易しとて、母に乳あるも態と之を授けずして恰も我子の生立を傍観する者なきにあらず。大なる心得違にして、自然の理に背く者と言う可し。一 婦人の妊娠出産は勿論、出産後小児に乳を授け衣服を着・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・この時虚子が来てくれてその後碧梧桐も来てくれて看護の手は充分に届いたのであるが、余は非常な衰弱で一杯の牛乳も一杯のソップも飲む事が出来なんだ。そこで医者の許しを得て、少しばかりのいちごを食う事を許されて、毎朝こればかりは闕かした事がなかった・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」「お母さんの・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ みるとたしかに壺のなかのものは牛乳のクリームでした。「クリームをぬれというのはどういうんだ。」「これはね、外がひじょうに寒いだろう。室のなかがあんまり暖いとひびがきれるから、その予防なんだ。どうも奥には、よほどえらいひとが・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・この間支配人はクラスノヤルスク村へ牛乳買上決算に出かけた。そこで彼は三昼夜べろべろにのんだくれ、その結果として、バタ工場に属す馬をどっかへなくしてしまった。グロデーエフは三頭馬をもっている。以前グロデーエフは何人か小作人をもっていた・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・廐の臭いや牛乳の臭いや、枯れ草の臭い、及び汗の臭いが相和して、百姓に特有な半人半畜の臭気を放っている。 ブレオーテの人、アウシュコルンがちょうど今ゴーデルヴィルに到着した。そしてある辻まで来ると、かれは小さな糸くずが地上に落ちているのを・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・そして「牛乳を入れるのだろうな」と云って、綾小路を顧みた。「こないだのように沢山入れないでくれ給え。一体アルス・オップとはなんだい。」こう云いながら、綾小路は煖炉の前の椅子に掛けた。「コム・シィさ。かのようにとでも云ったら好いのだろ・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫