・・・と声々に叫ぶ玩具売りの女の子。牡丹燈籠とかの活人形はその脇にあり。酒中花欠皿に開いて赤けれども買う人もなくて爺が煙管しきりに煙を吐く。蓄音機今音羽屋の弁天小僧にして向いの壮士腕をまくって耶蘇教を攻撃するあり。曲書きのおじさん大黒天の耳を書く・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・楽部』はその年の正月『太陽』と同時に第一号を出したので、わたくしは確にこれをも読んだはずであるが、しかし今日記憶に残っているものは一つもない、帝国文庫の『京伝傑作集』や一九の『膝栗毛』、または円朝の『牡丹燈籠』や『塩原多助』のようなものは、・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・松、竹、梅、桜、蓮、牡丹の如き植物と、鶴、亀、鳩、獅子、犬、象、竜の如き動物と、渦巻く雲、逆巻く波の如き自然の現象とは、いずれも一種不思議な意匠によって勇ましくも写実の規定から超越して巧みに模様化せられ、理想化せられてある。われわれは今日春・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・左千夫の家は本所の茅場町にあるので牡丹の頃には是非来いといわれて居たから今日不意に出て驚かしてやるつもりなのだ。格堂はさきへ往て左千夫の外出を止める役になった。 昼餉を食うて出よとすると偶然秀真が来たから、これをもそそのかして、車を並べ・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ゆえに夏季の題目には積極的なるもの多し。牡丹は花の最も艶麗なるものなり。芭蕉集中牡丹を詠ずるもの一、二句に過ぎず。その句また 尾張より東武に下る時牡丹蘂深くわけ出る蜂の名残かな 芭蕉 桃隣新宅自画自讃寒からぬ露や牡・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・へーこれは牡丹の花だ。これがいわゆる室咲だな。この頃は役者が西洋へ留学して、農学士が植木屋になるのだからネ。」「オイオイ君ソップがさめるヨ。」「なるほどこれは旨い。病室で飲むソップとは大違いだ。」「寝台附の車というのはこれだな。こん・・・ 正岡子規 「初夢」
この短篇集は私にとってもすこし風変りな集となった。一番はじめの「朝の風」は極く最近のものだけれど、次の「牡丹」以下の作品はずっと昭和の初めごろまでさかのぼっていて「小祝の一家」に到る間に多くの年月がこもっている。 これ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『朝の風』)」
・・・中流といっても「牡丹」に描かれたような日かげの、あわれはかない人々の人生の姿もある。「牡丹」は、駒沢の奥のひっそりした分譲地の借家に暮していたころ、その分譲地のいくつかの小道をへだてたところにある一つの瀟洒たる家におこったことであった。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・ 参詣人の大群は、日和下駄をはき、真新しい白綿ネルの腰巻きをはためかせ、従順にかたまって動いているが、あの夥しい顔、顔が一つも目に入らず、黄色や牡丹色の徽章ばっかりが灰色の上に浮立ち動いているのは、どうしたものだろう。数が多すぎるばかり・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・『牡丹のある家』という小説集は、よく読んで見るとそういう窪川稲子を私に理解させ得る力を含んでいるのである。最近書かれる多くの感想・評論によってもそれは分る。 窪川稲子の業績や将来の発展というものは、それ故すべての積極的な、忍耐づよい・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
出典:青空文庫