・・・それでは、上は、ナポレオン、ミケランジェロ、下は、伊藤博文、尾崎紅葉にいたるまで、そのすべての仕事は、みんな物狂いの状態から発したものなのか。然り。間違いなし。健康とは、満足せる豚。眠たげなポチ。K君 おそるおそる、たいへん・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・死に物狂いの大晦日の露店の引き上げた跡の街路には、紙くずやら藁くずやら、あらゆるくずという限りのくず物がやけくそに一面に散らばって、それがおりからのからび切った木枯らしにほこり臭い渦を巻いては、ところどころの風陰に寄りかたまって、ふるえおの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・この時代の特色ある文学として現れた謡曲の中に婦人は描かれるが、それは例えていえば物狂い――気狂いとか、愛情の絆によって、生きながら生霊となり、また死んでも霊となって現れるような、切ない女の心に表現されている。当時の婦人はどんなに自分達の希望・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 何の躊躇もなく、一二度羽根だめしをすると、彼女は死に物狂いな叫びを上げて、狂気の様に飛び上って仕舞った。 激しい羽音ばかりが、苦しんで居る雄鴨の心を強く打ったのである。 彼は、逃げ出す雌鴨を見ると、一層はげしく身をもがきながら・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
出典:青空文庫