・・・ 私が如何にして斯る重罪を犯したのである乎、其公判すら傍聴を禁止せられた今日に在っては、固より十分に之を言うの自由は有たぬ。百年の後ち、誰か或は私に代って言うかも知れぬ、孰れにしても死刑其者はなんでもない。 是れ放言でもなく、壮語で・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・印刷所の手落ちでは無く、兄がちゃんと UMEKAWA と指定してやったものらしく、uという字を、英語読みにユウと読んでしまうことは、誰でも犯し易い間違いであります。家中、いよいよ大笑いになって、それからは私の家では、梅川先生だの、忠兵衛先生・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・第二ページはおかあさんの留守に幼少な娘のリエナが禁を犯してペチカのふたを明け、はね出した火がそれからそれと燃え移って火事になる光景、第三ページは近所が騒ぎだし、家財を持ち出す場面、さすがにサモワールを持ち出すのを忘れていない。第四ページは消・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 罪を犯した彼等は等しく耳を欹てた。其一人は頻りに帯のあたりを探って居る。「何だ」「どうした」 他のものは又等しく折返して聞いた。「銭入どうかしっちゃった」 其の声はいたく慌てて居た。「あれ落っことしちゃ大変だ、・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・さて自分がその局に当ってやって見ると、かえって自分の見縊った先任者よりも烈しい過失を犯しかねないのだから、その時その場合に臨むと本来の弱点だらけの自己が遠慮なく露出されて、自然主義でどこまでも押して行かなければやりきれないのであります。だか・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・善吉も今日ッきり来ないものであると聞いては、これほど実情のある人を、何であんなに冷遇くしたろう、実に悪いことをしたと、大罪を犯したような気がする。善吉の女房の可哀そうなのが身につまされて、平田に捨てられた自分のはかなさもまたひとしおになッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・男子が醜悪を犯しながら其罪を妻に分つとは陰険も亦甚だし。女大学の毒筆与りて力ありと言う可し。第三婬乱なれば去ると言う。我日本国に於て古来今に至るまで男子と女子と孰れが婬乱なるや。其婬心の深浅厚薄は姑く擱き、婬乱の実を逞うする者は男子に多きか・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・渡辺氏は、宗教が、たとえば宗教裁判や戦争挑発によって過去に人類的罪悪を犯したのは――反科学的であったのは、宗教が宗教の外へ出て行動した場合だけであったと言いました。が、渡辺氏は、そういう理論づけを我からつきくずして、まるでその口元が目にみえ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・小西行長が肥後半国を治めていたとき、天草、志岐は罪を犯して誅せられ、柄本だけが残っていて、細川家に仕えた。 又七郎は平生阿部弥一右衛門が一家と心安くして、主人同志はもとより、妻女までも互いに往来していた。中にも弥一右衛門の二男弥五兵衛は・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・彼らはその理想さえ主張出来得れば、曾て犯した唯心論的文学の古き様式をさえも、唯々諾々として受け入れているではないか。そこで、彼らは、文学の圏内に於ては、ただ単なる理想主義文学と何ら変る所はない。 それで果して文学的活動は正当さを主張・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
出典:青空文庫