・・・十五の年から茶屋酒の味をおぼえて、二十五の前厄には、金瓶大黒の若太夫と心中沙汰になった事もあると云うが、それから間もなく親ゆずりの玄米問屋の身上をすってしまい、器用貧乏と、持ったが病の酒癖とで、歌沢の師匠もやれば俳諧の点者もやると云う具合に・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・買って来たのは玄米らしく、精米所へ搗きに出しているのが目につく。ある一人の女が婉曲に、自分もその村へ買い出しに行こうと思うが売って呉れるだろうかとS女にたずねてみた。農家は米は持っているのだが、今年の稲が穂に出て確かにとれる見込みがつくまで・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ 苅った稲も扱きばしで扱き、ふるいにかけ、唐臼ですり、唐箕にかけ、それから玄米とする。そんな面倒くさい、骨の折れる手数はいらなくなった。くる/\廻る親玉号は穂をあてがえば、籾が面白いほどさきからとび落ちた。そして籾は、発動機をかけた自動・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ひところはやった玄米パン売りの、メガフォーンを通して妙にぼやけた、聞くだけで咽喉の詰まるような、食欲を吹き飛ばすようなあのバナールな呼び声も、これは幸いにさっぱり聞かなくなってしまった。 つい二三年前までは毎年初夏になるとあの感傷的な苗・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・ 農家を維持するに必要な最小限の耕地面積は略一町七反であると云われている。 ところが実際では日本の全耕地所有農家の約半数が五反未満の田畑をもっているに過ない。 玄米一石の生産費自作農二五円八七銭 小作農二八円七一銭・・・ 宮本百合子 「新しき大地」
・・・六日夜十一時頃、基ちゃんが門で張番をして居ると相生署の生きのこりの巡査が来、被服廠跡の三千の焼死体のとりかたづけのために、三十六時間勤務十二時間休息、一日に一つの玄米の握り飯、で働せられて居る由。いやでもそれをしなければ一つの握り飯も貰えな・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
出典:青空文庫