・・・第一、ドンコは南方の魚で、日本では大体、琵琶湖から西方のみに棲息している。ダボハゼに似ているので、関東方面でもドンコを見たという人があるけれども、学問的にもいないことが証明されている。 魚の辞典を引いてみると、ドンコはドンコ属という独立・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・それだのに、きょうのわたしたちの現実にからみついて棲息している旧いものの力はどうだろう。それがいっそういとわしいことには、民主的だとか新しい日本の建設だとかいういいかたのうちに、いつも六分まで旧いものをもりこんで、出されて来ることである。日・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・わたくしとはいわず、あたくしと、はやりどおりにいうこの女性は、どうしてこんなに賢こげな言葉をつらねてすべてまともであるべき問題を、はぐらかし、銀色に光っているとすれば、それは不潔のうちに棲息するなめくじの這い跡のようでなくてはならないのだろ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・今日文化の全面に亙って棲息している事大的な棒振り的理論を、作曲家たちも演奏者たちも、しっかりした音楽的教養、人間としての判断力、穢れざる趣味で選択批判してゆかなければならないでしょう。 それにつけて、音楽批評家の任務は重大と思われますが・・・ 宮本百合子 「期待と切望」
・・・私たちが自分たちの世代を歴史の水深計でつかみ、その上に漂いその間に棲息するだけでなくて、波間の底まで触れて描いて行けたらどんなに面白いだろう。小説は話ではなくて作家にとってはもう一度その世界を生きかえそうとする情熱であることを忘られてはなら・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 生きているということが人間にとっては只棲息しているという意味ではなく、歴史を自覚して生活してゆくということであってみれば、私たちが体だけは丈夫にと思う心の中に自然、精神も丈夫に、という思いもこもっている次第でしょう。 日本が世界歴・・・ 宮本百合子 「歳々是好年」
・・・「いつも文学を文壇の習慣と結びつけなければ棲息出来ぬ因循さが、自然主義以来牢固として脱けず、テーマがあってもモチーフがなければ仕事は出来ぬという完成にまで達するに到った。」そして横光氏は、彼によって何ものかである如く示される自意識の整理の要・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・プロレタリア文学が自分の歴史性を喪って、治安維持法と検閲の枠内だけに棲息する文学になり下るモメントとなった。三二年に国際的決定を見た日本の半封建社会は、その社会に即する半封建の思惟力と文学のよわい脚との上に、プロレタリア文学運動もろとも社会・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・破産の噂が、殆ど別な世界に栖息していると云って好い僕なんぞの耳に這入る位であるから、怜悧らしいあの女がそれに気が附かずにいる筈はない。なぜ死期の近い病人の体を蝨が離れるように、あの女は離れないだろう。それに今の飾磨屋の性質はどうだ。傍観者で・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・従ってまた個人は、社会に安全に生息するために、ある型に自分をはめ込まねばならぬ、というような必要から全然解放せられた。何人も、何らの束縛なしに、彼自身であってよい。何者にも盲従するには当たらない。しかし人間が超個人的な永遠な事業を完成するた・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫