・・・ * * * * 省作は田植え前蚕の盛りという故郷の夏をあとにして成東から汽車に乗る。土屋の方からは、おとよの父とおとよとが来る。小手の方からは省作の母が孫・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・というものがある。田植で泥塗れになった動物がピカピカに光って街道を帰ってゆく。それからまた晩秋の自然薯掘り。夕方山から土に塗れて帰って来る彼らを見るがよい。背に二貫三貫の自然薯を背負っている。杖にしている木の枝には赤裸に皮を剥がれた蝮が縛り・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ まもなく田植が来た。親爺もおふくろも、兄も、それから僕も、田植えと、田植えのこしらえに額や頬に泥水がぴしゃぴしゃとびかゝる水田に這入って牛を使い、鍬で畦を塗り、ならしでならした。雨がやむと、蒸し暑い六月の太陽は、はげしく、僕等を頭から・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・親爺もおふくろも、兄も、それから僕も、田植えと、田植えのこしらえに額や頬に泥水がぴしゃぴしゃとびかゝる水田に這入って牛を使い、鍬で畦を塗り、ならしでならした。雨がやむと、蒸し暑い六月の太陽は、はげしく、僕等を頭から煎りつけた。 嫂は働か・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ その時になってみると、太郎はあの山地のほうですでに田植えを始めている。次郎はこれから出かけようとしている。お徳もやがては国をさして帰ろうとしている。次郎のいないあとは、にわかに家も寂しかろうけれど、日ごろせせこましく窮屈にのみ暮らして・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・音楽隊は、村のはずれに出てしまってもあゆみをとめないで、螢の光の曲をくりかえしくりかえし奏しながら菜の花畠のあいだをねってあるいて、それから田植まっさいちゅうの田圃へ出て、せまい畦道を一列にならんで進み、村のひとたちをひとりも見のがすことな・・・ 太宰治 「逆行」
・・・で想い出すのは子供の頃に見た郷里の氏神の神田の田植の光景である。このときの晴れの早乙女には村中の娘達が揃いの紺の着物に赤帯、赤襷で出る。それを見物に行く町の若い衆達のうちには不思議な嗜被虐性変態趣味をもった仲間が交じっていたようである。とい・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・くあれ果たる家ありけり今は其さたなくて春雨や人住みて煙壁を洩る 狐狸にはあらで幾何か怪異の聯想を起すべき動物を詠みたるもの、獺の住む水も田に引く早苗かな獺を打し翁も誘ふ田植かな河童の恋する宿や夏の月蝮・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・しかしこの時代の彼女達の生活が文化の上に残した各地方の労働歌――紡ぎ唄、田植唄、粉挽の時に歌う唄、茶つみ唄、年に一度の盆踊りに歌う唄などは、素朴な言葉の間に脈々とした訴えと憧れとをふくめている。 万葉集には、名もない防人の歌、防人の妻や・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・農村の生活が実にしみじみと心に浮かんでくる。田植えの歌のなかにも、苗代ののこりくづして苗束をつくり急げり日の暮れぬとになどというのがある。田植えのころの活気立った農村の気持ちのみならず、稲の苗、田の水や泥、などの感触をまでま・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫