・・・敷布団の上に胡座を掻いたのは主の新造で、年は三十前後、キリリとした目鼻立ちの、どこかイナセには出来ていても、真青な色をして、少し腫みのある顔を悲しそうに蹙めながら、そっと腰の周囲をさすっているところは男前も何もない、血気盛りであるだけかえっ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・え寂しいだろう、批評家にあんなにやっつけられ通しじゃかなわないだろうと、太宰治が言った時、いや太宰さん、お言葉はありがたいが、心配しないで下さい、僕は美男子だからやっつけられるんです、僕がこんなにいい男前でなかったら、批評家もほめてくれます・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・は馴れているらしく、器用に腕を揉みながら、五番の客が変なことを言うからお咲ちゃんに代ってもらっていいことをしたという言葉を聴いて、はじめて女中が変っていたことに気がついたくらい寺田はぼんやりしていた。男前だと思って、本当にしょっているわ。寺・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・「私のお父つぁんは旦さんみたいにええ男前や」と外らしたりして悪趣味極まったが、それが愛嬌になった。――蝶子は声自慢で、どんなお座敷でも思い切り声を張り上げて咽喉や額に筋を立て、襖紙がふるえるという浅ましい唄い方をし、陽気な座敷には無くてかな・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・お前のいう通り若くて上品で、それから何だッけな、うむその沈着いていて気性が高くて、まだ入用ならば学問が深くて腕が確かで男前がよくて品行が正しくて、ああ疲労れた、どこに一箇所落ちというものがない若者だ。 たんとそんなことをおっしゃいまし。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・しかし、彼は、なべて男が美しい女を好くように、上官が男前だけで従卒をきめ、何か玩弄物のように扱うのに反感を抱かずにはいられなかった。玩弄物になってたまるもんか!「豚だって、鶏だってさ、徴発にやられるのは俺達じゃないか、おとすんだって、料・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・あなたあの写真と競争をお始めなすってから、男前が五割方上がりましたよ。あの写真があなたをせびるようにして、あなたから出来るだけの美しさや、御様子のよさや、才智を絞り出してくれたのでございますね。あの頃わたくし全くあなたに惚れていましたの。で・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
出典:青空文庫