・・・そして男子の太い声と婦人の清く澄んだ声と相和して、肉声の一高一低が巧妙な楽器に導かれるのです、そして「たえなるめぐみ」とか「まことのちから」とか「愛の泉」とかいう言葉をもって織り出された幾節かの歌を聞きながら立っていますと、総身に、ある戦慄・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・今の時代の年若き男子一度この裡に入りて胸を開かばかれはその時よりして自由と人情との友なるべし。さてさらに貴嬢の解し難きものの一を言わんか、この気を呼吸するかの二郎なり。何ゆえぞと問いたまいそ、貴嬢もしよくこれを解し得る少女ならんにはいかで暗・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・婦人をその天与の生理にも、心理にも合わない労働戦線に狩り出して、男子のような競争をさせるのでなく、処女らしさ、妻らしさ、母らしさを保護し、育児と、美容とに矛盾しない範囲の労働にとどめしめることは、新しい社会の義務だと思うのである。天理の自然・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・「立派な男子におなんなさい。私たちに相応しいもののために私たちの美はあるのです」 彼女たちはたしかに美しき、善き何ものかである。少なくともそれにつながったものである。美と徳との理念をはなれて、彼女たちを考えることはできぬ。したがって・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・三人目は男子だったが、上の二人は女だった。長女は既に十四になっている。 夫婦揃って子供思いだったので、子供から何か要求されると、どうしてもそれをむげに振去ることが出来なかった。肩掛け、洋傘、手袋、足袋、――足袋も一足や二足では足りない。・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・ 日本の男子じゃないか! 死んどる者じゃってあるんだぞ。」 右を見ると、よく酒保の酒をおごって呉れた上等兵が毛布の下に脚を立て、歯を喰いしばりじっと天井を見つめていた。その歯の隙間から唸る声が漏れていた。看護長の苦々しげな笑いに気がつく・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・なんていう蛮カラ的の事は要せぬようになりまして、男子でも鏡、コスメチック、頭髪ブラッシに衣服ブラシ、ステッキには金物の光り美しく、帽子には繊塵も無く、靴には狗の髭の影も映るというように、万事奇麗事で、ユラリユラリと優美都雅を極めた有様でもっ・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・科学者としての私の道を、はじめからひとりで歩いていたつもりなのに、どうしてこう突然に、失敬な、いまわしい決闘の申込状やら、また四十を越した立派な男子が、泣きべそをかいて私の部屋にとびこんで来たり、まるで、私ひとりがひどい罪人であるかのように・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・大隅君の厳父には、私は未だお目にかかった事は無いが、美事な薬鑵頭でいらっしゃるそうで、独り息子の忠太郎君もまた素直に厳父の先例に従い、大学を出た頃から、そろそろ前額部が禿げはじめた。男子が年と共に前額部の禿げ上るのは当り前の事で、少しも異と・・・ 太宰治 「佳日」
・・・私の考えでは婦人というものに天賦のある障害があって、男子と同じ期待の尺度を当てる訳にはいかないと思う。」 キュリー夫人などが居るではないかという抗議に対しては、「そういう立派な除外例はまだ外にもあろうが、それかといって性的に自ずから・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫