・・・昨十八日午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅附近の踏切を通過する際、踏切番人の過失に依り、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時逞しい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛び・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・第二の農夫 おまけに欲の深い王様は、王女を人に盗まれないように、竜の番人を置いてあるそうだ。主人 何、竜じゃない、兵隊だそうだ。第一の農夫 わたしが魔法でも知っていれば、まっ先に御助け申すのだが、――主人 当り前さ、わたしも・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・鬼の子供は一人前になると番人の雉を噛み殺した上、たちまち鬼が島へ逐電した。のみならず鬼が島に生き残った鬼は時々海を渡って来ては、桃太郎の屋形へ火をつけたり、桃太郎の寝首をかこうとした。何でも猿の殺されたのは人違いだったらしいという噂である。・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・次の刹那には、足取り行儀好く、巡査が二人広間に這入って来て、それが戸の、左右に番人のように立ち留まった。 次に出たのが本人である。 一同の視線がこの一人の上に集まった。 もしそこへ出たのが、当り前の人間でなくて、昔話にあるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ある年の冬番人を置いてない明別荘の石段の上の方に居処を占めて、何の報酬も求めないで、番をして居た。夜になると街道に出て声の嗄れるまで吠えた。さて草臥れば、別荘の側へ帰って独で呟くような声を出して居た。 冬の夜は永い。明別荘の黒い窓はさび・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・れ等がたよりで、隠居仕事の寮番という処を、時流に乗って、丸の内辺の某倶楽部を預って暮したが、震災のために、立寄ったその樹の蔭を失って、のちに古女房と二人、京橋三十間堀裏のバラック建のアパアトの小使、兼番人で佗しく住んだ。身辺の寒さ寂しさよ。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・……もっとも甘谷も、つい十日ばかり前までは、宗吉と同じ長屋に貸蒲団の一ツ夜着で、芋虫ごろごろしていた処――事業の運動に外出がちの熊沢旦那が、お千さんの見張兼番人かたがた妾宅の方へ引取って置くのであるから、日蔭ものでもお千は御主人。このくらい・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・得たりしにもかかわらず、従兄妹同士が恋愛のいかに強きかを知れるより、嫉妬のあまり、奸淫の念を節し、当初婚姻の夜よりして、衾をともにせざるのみならず、一たびも来りてその妻を見しことあらざる、孤屋に幽閉の番人として、この老夫をば択びたれ。お通は・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・男は腰巻き一つで、うちわを使いながら、湯の番人の坐っている番台のふちに片手をかけて女に向うと、女はまた、どこで得たのか、白い寒冷紗の襞つき西洋寝巻きをつけて、そのそばに立ちながら涼んでいた。湯あがりの化粧をした顔には、ほんのりと赤みを帯びて・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ また、先生のお母さんと、弟さんは、その町にあった、教会堂の番人をなさっていることも知ったのでした。 だが、ついにおそれた、その日がきました。せめてもの思い出にと、年子は、先生とお別れする前にいっしょに郊外を散歩したのであります。・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
出典:青空文庫