・・・第一まだ病状が、それほど昂進してもいないようですから、――しかしともかくも現在は、腹膜炎に違いありませんな。」「じゃすぐに入院でも、させて見ちゃいかがでしょう?」 慎太郎は険しい顔をしたまま、始めて話に口を挟んだ。博士はそれが意外だ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そして、いきなり本当の病状を喋って仕舞いました。この時脈は百三十を越して、時々結滞あり、呼吸は四十でした。すると、病人は直ぐ「看護婦さん、そりゃ間違っているでしょう。お母さん脈」といって手を差出しました。私はその手を握りながら「ああ脈は百十・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・などと私は汗を拭きながら、しきりに病状を訴え、女医の手当のわずかでも懇切ならん事を策した。 女医は気軽に、「なに、すぐ眼があくでしょう。」「そうでしょうか。」「眼球は何ともなっていませんからね、まあ、もう四、五日も通ったら、・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ その後も、花を生けに行く辰之助と連れ立って見舞いに行ったが、病状には目立った変化もなかった。どうかすると、兄は悶えながら起きあがって、痩せた膝に両手を突きながら、体をゆすりゆすり苦痛を怺えていた。「人の知らない苦労するよ」 我・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・露にあたれば病状がこう進します。雪にあたれば症状が悪変します。じっとしているのはなおさらよろしくありません。それよりは、その、精神的に眼をつむって観念するのがいいでしょう、わがこの恐れるところの死なるものは、そもそも何であるか、その本質はい・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・十歳のとき発病して、小学校の尋常四年までしかいかなかった松山くにというその少女は、入園したときからもう病状が軽くなくて、あまり運動などもできず、いつも机に向って本をよんだり、作文をかいたりしていた。その作文は、療養所の発刊している『南風』に・・・ 宮本百合子 「病菌とたたかう人々」
・・・絶望的な病状におちいりながら、ああいう作品をかいて、ああいう歓喜の状況をむすびとした譲原さんの気持をつらぬいていたのは、解放へのますます激しい欲望であり、生きることへの要求であったことがしみじみとうけとれる。そして彼女のそれらの要求は全く正・・・ 宮本百合子 「譲原昌子さんについて」
・・・ 彼は手紙に書かなかった妻の病状をもう母親に話す気は起らなかった。彼は妻を母親に渡しておいてひとり日光室へ来た。日光室のガラスの中では、朝の患者たちが籐の寝椅子に横たわって並んでいた。海は岬に抱かれたまま淑かに澄んでいた。二人の看護婦が・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫