・・・事によると机の抽斗に、まだ何か発表しない原稿があるかも知れません。編輯者 そうすると非常に好都合ですが――小説家 論文ではいけないでしょうね。編輯者 何と云う論文ですか?小説家 「文芸に及ぼすジャアナリズムの害毒」と云うので・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・僕はつい二三箇月前にも或小さい同人雑誌にこう云う言葉を発表していた。――「僕は芸術的良心を始め、どう云う良心も持っていない。僕の持っているのは神経だけである」…… 姉は三人の子供たちと一しょに露地の奥のバラックに避難していた。褐色の紙を・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・こうなる以上は、私の所言を発表して、読者にお知らせしておくのが便利と考えられる。 農繁の時節にわざわざ集まってくださってありがたく思います。しかし今日はぜひ諸君に聞いていただかねばならぬ用事があったことですから悪しからず許してく・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・それゆえ始めの間の論駁には多くの私の言説の不備な点を指摘する批評家が多いようだったが、このごろあれを機縁にして自己の見地を発表する論者が多くなってきた。それは非常によいことだと思う。なぜならばあの問題はもっと徹底的に講究されなければならない・・・ 有島武郎 「想片」
・・・それは、論者がその指摘を一の議論として発表するために――「自己主張の思想としての自然主義」を説くために、我々に向って一の虚偽を強要していることである。相矛盾せる両傾向の不思議なる五年間の共棲を我々に理解させるために、そこに論者が自分勝手に一・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・朝から晩まで何とも知れぬものにあこがれている心持は、ただ詩を作るということによっていくぶん発表の路を得ていた。そうしてその心持のほかに私は何ももっていなかった。――そのころの詩というものは、誰も知るように、空想と幼稚な音楽と、それから微弱な・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ さてその頃は、征清の出師ありし頃、折はあたかも予備後備に対する召集令の発表されし折なりし。 謙三郎もまた我国徴兵の令に因りて、予備兵の籍にありしかば、一週日以前既に一度聯隊に入営せしが、その月その日の翌日は、旅団戦地に発するとて、・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・この日本食論と日本家屋論の或るものは独逸文で書かれて独逸の学界で発表されたから日本よりは独逸で有名である。 独逸といえば、或る時鴎外を尋ねると、近頃非常に忙がしいという。何で忙がしいかと訊くと、或る科学上の問題で北尾次郎と論争しているん・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・尤もその頃専ら称していた正直正太夫の名は二十二年ごろ緑雨が初めてその名で発表した「小説八宗」以来知っていた。(この「小説八宗」は『雨蛙それ故、この皮肉を売物にしている男がドンナ手紙をくれたかと思って、急いで開封して見ると存外改たまった妙に取・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・もしわれわれが正義はついに勝つものにして不義はついに負けるものであるということを世間に発表するものであるならば、そのとおりにわれわれは実行しなければならない。これを称して真面目なる信徒と申すのです。われわれに後世に遺すものは何もなくとも、わ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫